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金つば、小僧の頃から時には食することもあり、それは、餡を小麦粉の薄皮で包んだ四角い饅頭、と思っておりました。名の由来、考えたこともなかった。まさか刀の鍔に由るとは思ってもみませんでしたな。
綾小路通をブラブラ西に歩いていたら、「名物 金つば」の看板を掲げた菓子店に突き当たりました。これも何かの縁と買い求めて、初めて由来を知ったのでした(各 写真、ポイントでコメント表示、クリックで拡大)。
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| 金つばの「幸福堂」、綾小路を西に進むと正面に・・。
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| 店内のサンプル。
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金つばは、天和・貞享(1681〜1688)の頃、京都で売り出されたのが始まりだそうで、うるち米の粉を練って小豆餡を包み、油をひいた金属板の上で焼いたものだったとか。当初は 銀つばの名で売られていたそうですょ。
それがなぜ 金つばになったのか。「銀つば」は江戸にも伝わったそうですが、江戸っ子は銀より 金の方が 目出たいと改名、そして文化・文政(1804〜1830)の頃に流行、それが京にフィードバックされたのだそうです。
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| 実際の「金つば」「銀つば」「抹茶」「芋きん」。どれも甘さ控え目、渋いお茶と共に頂く、オツでございました。
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餡を包む薄皮、京都は うるち米、関東は 小麦粉だそうです。形も、京都の 丸が、江戸で 四角へと変化していったとか。京都のものも今は四角、「きんつば」は四角というイメージが定着したためでしょうかね。
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新撰組も食べたのでしょう、自然に守られた京都をいつまでも守りたいが?・。
2009/11/6(金) 午後 9:10 [ 帯気ままに ]
食べたかも知れませんね、お店には「隊旗」らしきものを懸けてますものね。
2009/11/6(金) 午後 11:36
昔は 金つば”だけだったのに 近頃は種類がふえましたねっ
これも時代のニーズってやつでしょうか(^-^;
2010/7/4(日) 午後 10:28
金があれば銀と、新しいものを作ってみよう、ということでしょうかねぇ。
2010/7/5(月) 午前 7:47