松山城の南東 山麓にある庵、梅雨末期の大雨で城山の斜面が崩れ、14日 倒壊したとの事。愛媛新聞のWeb版に崩壊状況など載ってるかと検索してみましたが、分かりませんでした。正岡子規も一緒に住んでた時期があるとか、こじんまりした素敵な建物でしたね、ご覧ください(各 写真、ポイントでコメント表示、クリックで拡大)。
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| 愚蛇仏庵の外観、こんなんです。
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| 一階の居間、子規は50日程、ここに住んでいたそうです。
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| 愚蛇仏庵は、この石段のズッと上、斜面を切ったような場所に建ってました。
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愚蛇仏は漱石の 俳号だそうで、自分の下宿に名をつける、やはり文豪の考えることは違いますね(私も庵を 咳千庵と・・、無意味ですな)。
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愚蛇仏庵の復元、断念したそうですね。
先日の新聞記事によると、裏山周辺の斜辺は、補強してもまた崩れる可能性が高くて、安全性が確保できない・・と。観光資源が一つ減る、別の場所に復元という案、ないんでしょうかね。
2013/3/25(月) 午後 6:51