せき仙人の京徒然

幸福の増税論(井手英策:岩波新書)、貯蓄ゼロでも不安ゼロの社会の実現策(政治家に読んでもらいたい)。

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JR徳山駅で電車をおりて南口にでると徳山港は目の前、フェリー乗り場の手前に「回天」の実物大模型が展示されてるんですね、少し前、初めて見ました。零戦での空からの特別攻撃と同じように、海中から特別攻撃するために造られた、人が操縦する魚雷、ご覧ください(各写真、ポイントでコメント表示、クリックで拡大)。
映画「出口のない海」の撮影に使われたものだとか。 徳山港入口にある「回天」(実物大模型)。
全長14.75m、胴直径1.00m、爆薬を頭部に1.55トン、10万トン級の船を沈める力があったとか。 「回天」説明板。
これもレプリカのようです。 大津島の「回天記念館」前。
このスクリューで30ノットの速力が得られるんですねぇ。 その後方から。
高圧酸素と霧状の石油を燃焼させ、海水を噴射して高圧の水蒸気をつくり、ピストンを駆動、プロペラを回す、排気泡が出ないので発見されにくい。 推進装置の一部(終戦時、海中投棄されたもの、後に漁業者が引き上げた)。
潜望鏡、外の長さは1m程度、目標を見定めるのは難しかったようです。 回天の内部。

1943年夏、日本軍は制空・制海権を失い、敗退が続いていた。そのような状況の中、戦局逆転するには人が操縦する魚雷体当りする作戦しかない、と二人の青年士官が人間魚雷を構想、その設計図と意見書を軍務局に送り、採用を請願したところ、必死前提とする兵器を採用することはできない、と却下されたのだそうですね。

しかし戦況は更に悪化、結局、海軍省はひそかに人間魚雷の試作を命じ、敗戦一年前の8月、ついに正式兵器として採用(1人で2〜3000人やっつける、という発想、これしかなかったという事でしょうか)。

特攻出撃する前に敗戦となり生き残った元隊員だった方は「自分の一つしかない命を捨てることで、多くの命が救われることを願って自らの命を捧げたのだ、無駄に命を捨てたのではない、そのことを認識し続けて欲しい。」と仰ってます(特攻隊戦没者慰霊顕彰会が発行する会報『特攻』(平成11年5月))。

国の舵取りをしていた人達は、国力を合理的に計算して負けると知っていた、なのに戦争を始めて、死ななくていい人達を大勢死なせた(理よりメンツ、流れに抗わない、今もあまり変わってないように感じますね)。

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