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一乗寺のシンボル的な「下り松」、武蔵が決闘した頃からの初代が1945(昭和20)年に枯れ、その後、2代目、3代目と「八大神社 」氏子の方々により植え継がれてきたそうですが、松くい虫の被害で枯死、今の松は、1982(昭和57)年1月に植えられた4代目、と説明板に書かれてます。ところが、私の撮った写真に松が写ってないのがあるんですね。もしかすると今のは5代目ではないかと・・ご覧ください(各写真、ポイントでコメント表示、クリックで拡大)。
決闘地の碑と左側に下り松(平安時代から、近江から比叡山を経て京に至る交通の要衝、松は道標・・)。
この一乗寺下り松と碑、なかなかいい景色をつくってると感じますが、松よりも碑の方に目が向くようですね(自然でしょうけど・・)。そして、ここでの決闘、武蔵資料館では記録を見ませんでしたが、21才のときらしいです。 吉川英治の「宮本武蔵」では、吉岡道場との連絡役を佐々木小次郎がやっていて、 「相手方は、明後日の朝−−寅の下刻というが」 「心得申した」 「場所は、叡山道、一乗山のふもと、藪之郷下り松。−−あの下り松を出会いの場所とする」 「一乗寺村の下り松とな、よろしい、わかった」 というようなやりとりが書かれてますね(一乗寺での決闘、勝敗、いろいろな説があるようです)。
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