せき仙人の京徒然

幸福の増税論(井手英策:岩波新書)、貯蓄ゼロでも不安ゼロの社会の実現策(政治家に読んでもらいたい)。

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一乗寺のシンボル的な「下り松」、武蔵が決闘した頃からの初代が1945(昭和20)年に枯れ、その後、2代目、3代目と「八大神社 」氏子の方々により植え継がれてきたそうですが、松くい虫の被害で枯死、今の松は、1982(昭和57)年1月に植えられた4代目、と説明板に書かれてます。ところが、私の撮った写真に松が写ってないのがあるんですね。もしかすると今のは5代目ではないかと・・ご覧ください(各写真、ポイントでコメント表示、クリックで拡大)。

 説明板には、旅人の目印として植え継がれてきて、現在のは4代目・・と。
決闘地の碑と左側に下り松(平安時代から、近江から比叡山を経て京に至る交通の要衝、松は道標・・)。

 樹齢、どの位でしょうか、そんなに太くないです。 現在の下り松  松はなく、碑の背後の住宅、遮られることなく見える・・。 去年(2014年)、松・・  樹高は優に5m、これが4代目でしょうか。 2007年の松

 これが約400年前の松?、幹、意外に細いですねぇ。 枯死した初代の松・・  決闘前に参拝したとか、でも神頼みしたのではない・・とか。 初代の松を祀る八大神社

 東映の映画「武蔵」(主演:中村謹之助)。 境内に映画のポスター  映画「武蔵」がきっかけで、このブロンズ像が立てられたのだとか。 神社境内の武蔵像

この一乗寺下り松、なかなかいい景色をつくってると感じますが、よりもの方に目が向くようですね(自然でしょうけど・・)。そして、ここでの決闘、武蔵資料館では記録を見ませんでしたが、21才のときらしいです。

吉川英治の「宮本武蔵」では、吉岡道場との連絡役を佐々木小次郎がやっていて、

「相手方は、明後日の朝−−寅の下刻というが」
「心得申した」
「場所は、叡山道、一乗山のふもと、藪之郷下り松。−−あの下り松を出会いの場所とする」
「一乗寺村の下り松とな、よろしい、わかった」

というようなやりとりが書かれてますね(一乗寺での決闘、勝敗、いろいろな説があるようです)。

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