せき仙人の京徒然

幸福の増税論(井手英策:岩波新書)、貯蓄ゼロでも不安ゼロの社会の実現策(政治家に読んでもらいたい)。

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石塀小路、先輩仙人さんの話によると、もともと高台寺境内だったところを、明治の終わり頃から大正にかけて整備、住宅地として開発したものだそうですね。今は、料理屋、旅館、喫茶店、住宅が混在、人がぶつからずにすれ違える程度の狭い小路は石畳敷き、石塀石垣を巡らす独特の景観、これぞ京都・・・(各写真、ポイントでコメント、クリックで拡大)。

 ねねの道から、料理屋や旅館の看板が見えますね。 ねねの道から  路地の入口といった感じです。 下河原通に面する入口  門があり、柱に何やらプレートが貼られてる。 下河原通にもう一つ

 「荷車通リ抜ケ御断」と記されてる。 門柱のプレート  「石塀小路」と表示されてる。 右側にも

 雰囲気は路地(ろうじ)ですね。 路地の感じ  小路の両脇は民家、観光客のガヤガヤ・ペチャペチャ、五月蠅いでしょうねぇ。 塀に「静」と  人が来ないのを見計らってシャッター切ってます。 静かな住宅地

 塀じゃなく石垣、家は石垣の上にあります。 石垣と門  石垣の上にレンガ塀、石塀はほとんどありませんね。 レンガ塀  石垣はなくなり、竹矢来・・。 竹矢来

 このお店は宅地開発の直後からあるのだそうですょ。 開発時からある店とか  本物の舞妓さんではなさそう・・。 こんな人も・・

石塀小路は、開発当初から、貸し座敷を営むことができるよう、接客空間をもたせて家が建てられたらしい、と先輩仙人さん。前庭があり、階は居住空間、階に主座敷の接客空間、主座敷には本床天袋違い棚平書院が完備されていたのがとか。ただ、純粋に営業を目的として建てられたものではないので、居住部分との動線も工夫されいて、外観も前庭がある高級住宅風・・、独特の雰囲気はこんなところからくるようです。

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