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本州に戻ってきました。なんだかホッとした気分になったんですぅ、地続きだからでしょうかね。 フェリー本州に近づき、大間岬が見えてきた。 船のせいか、やれやれ内地に戻ってきたという気持、 むかし托鉢してた頃、飛行機で北海道へは何度も往復したが、こんな感情になった事なかったなぁ・・・。 本州に戻り下北半島を東進、北東に突き出してる尻屋岬が見えた、 ここも北海道と同様、崖が海縁でストンと落ちてた。 白糟漁港、ここで久しぶりに鳥居を見た。 (北海道の旅で神社の鳥居は見ませんでしたなぁ。) 大和の神々にとって蝦夷はあまりに遠い(?) と言うことだろうか・・・。 下北といえば原発、この先に、核燃料再処理工場の六ヶ所村がある筈、 しかし気づかない内に通りすぎてしまった。 八戸もいつの間にか通りすぎて、この日、久慈市北郊の「北限閣」(国民宿舎)に泊まった。 久慈湾の北にある牛島漁港、 近くに「石油地下備蓄基地」があるらしい。 (ルート案内がでていた。) 三セク「三陸リアス鉄道」(野田村付近で) 鉄道での旅も楽しいんですよねぇ・・。 この路線がまだJRだった頃、乗合せた地元の人、「松茸狩りの帰りじゃ」と籠に一杯・・・、 今ならうん十万円?、希少になってますなぁ・・。 野田村の港から来し方の振りかえってみた風景(先端は車では入れなかった久慈市の三崎)。 「鵜の巣断崖」とよばれる名勝地(温泉もある)、 しかし鉄道はずっと内陸側(右手)、遠いぃ〜。 本州最東端の「とどが崎」への案内図、現在地と書かれている所まで入いりましたが・・、 この先へは車が入れなく断念(残念、ザンネン)。 井上ひさしが創りだした「吉里吉里」を過ぎ、 釜石の手前でこの「大観音像」を見てビックリ・・、 (殆ど県外には知られていない・・のでは?) 48.5mとか、海の守護として祀られているらしい。 御崎の「折石」(気仙沼市手前の唐桑町) 大船渡市、陸前高田市を過ぎ 唐桑半島の先端へ往く途中にある奇岩。 高さ16m、幅3mとか・・・、 明治29年三陸大津波で先端が約2m程折れた、 で・・こう呼ばれるようになったそうです。 名勝「御崎」の案内図(気仙沼市手前の唐桑町) 半島には、大漁祈願、航海安全、縁結び・・、 漁業者などの信仰を集める御崎神社、そして、 国民宿舎「からくわ荘」がある(ここで一泊)。 鬱蒼と繁る御崎の森に咲く菫を見てフと一句、 『御崎にもゆかしく咲くやすみれ草』 「まだまだ・・もっと捻りなされ」(馬笑) 「景勝・大理石海岸」 折石のある海岸は、こう呼ばれている。 (絵葉書的ですなぁ・・・)。 気仙沼漁港の風景、 ここも遠洋漁業の根拠地なんですな。 (ここ迄きて、やっと陸中海岸の8割方を走破。) 北上川の河口付近、広いですな、湾のように感じました。 女川町で見た八重桜、見事。 ここから牡鹿半島が太平洋に突き出してる・・。 (金華山がよく見える筈です・・。) 金華山、野生の鹿が棲息、暖かいんですな黒潮がきてて・・・。 黄金山神社があり、開運、航海安全の御利益などで、ご存じ全国区の神社です。 牡鹿半島の展望台から、松島〜仙台方面の眺望。 松島、 ちょうどゴールデンウィークの連休で、 塩釜市、多賀城市を抜けるのに時間かかりましたぁ。 松島や、ああ松島や、まつしまや(馬笑) (これ、どの文にあるんですかな?・・教えて下され。) (この日は相馬市泊まり。)福島から茨城までの海岸線は単調でした。 東京電力・福島第一原発に隣接する展望台から。 (原子力発電所が幾つかあり、道路がいい。) いわき市新舞子浜の情景、この舞子浜も白砂青松100選に入っているようすぅ。 そして「塩屋崎」灯台(小名浜市の少し北)、小名浜市を過ぎるといよいよ茨城県(関東)。 これで第九ラウンド東北太平洋側の海岸線旅は終わり・・・お疲れさまでした・・・。高速道を走れば東京はすぐそこ、なのに茨城海岸、鹿島灘、九十九里浜を走り、まだ房総半島を回るんですぞ。 次はいよいよ最終ラウンド、事故のなきよう気を引き締めて走りましょうぞッ(付いてきて下され)。
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2006年04月16日
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