せき仙人の京徒然

幸福の増税論(井手英策:岩波新書)、貯蓄ゼロでも不安ゼロの社会の実現策(政治家に読んでもらいたい)。

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三条大橋、東海道と中山道の終点、架けられた時期は明確ではないようですが、室町時代の初期にはあったとか、何度も架け替えられているそうですね。現在のは1950年造と聞きますので、もうすぐ還暦です(各写真、ポイントでコメント表示、クリックで拡大表示)。
背後の山並み、清水山に比叡山でしょうか。比叡山、この方向にはないんですよね。 浮世絵・東海道五十三次大尾「京師」(三条大橋)。左の中段から右へ湾曲して描かれた大橋、上半分に町家から東山、奥に比叡山でしょうか、大胆な発想。橋の真ん中やや右、欄干に寄り掛かって一人、川面を眺めている姿が描かれてますが、何を思ってるのでしょうか。
なかなか浮世絵のような山並みにはなりません。高いビルの上から写せればいいのですが、容易に屋上へは入れませんな。 浮世絵のアングルに倣った「三条大橋」。
擬宝珠は12個、昭和に造られたものが多いそうですね。昭和のは、この先4〜500年持つでしょうか。 橋東北側の擬宝珠です。天正十八年と刻まれており、橋の構造などが記されてます。秀吉時代(1590年)のなんですね。
この刀傷、池田屋騒動のとき新撰組が付けたものと言われてるそうです。大きく刃毀れしたんじゃなかろうか。みなさん触るらしく地が出てる・・・。 刀傷のある擬宝珠です。三条大橋の西から二つ目、傷がハッキリ見えますね。
この明るい顔、江戸からはるばる京にきた、喜びの表情でしょうか。弥次喜多は伏見街道から京に至り、五条大橋を渡って洛中に入ったんですよね。 三条大橋を渡り終えた西詰めにある「弥次喜多」像です。東海道中膝栗毛で広く知られてますよねぇ。

東海道、中山道の終点、とは言っても、道は続いてます。弥次喜多もこの先、浪速まで足を延ばしたようですな。浮世絵とは少し違った旅、そのうち浪速まで行ってみたいと思おておりまする。

旅の拙い写真と文、大尾までご覧いただきありがとうございました。m(_ _)m

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