せき仙人の京徒然

幸福の増税論(井手英策:岩波新書)、貯蓄ゼロでも不安ゼロの社会の実現策(政治家に読んでもらいたい)。

私の見たものです

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野次馬気質だからか、ミーハーだからか、ラジオ、テレビ、新聞などで報道されたり、人から聞いたりすると、無性に見に行きたくなる事柄ってありますなぁ・・・。
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ニュースで女鉾というのがあるのを知り、どんなんかなぁ、とネットをみたら、20年前に「女鉾清音会」が結成され、いずれの日にか女鉾を巡行させたいと活動を始めたようですね。1996年に「平成女鉾」が完成したそうで、祇園祭での巡行は難しいようですが、今までに何度か巡行も・・今年の鉾建ては10年ぶりなのだとか、ご覧ください(各写真、ポイントでコメント表示、クリック拡大)。

 東山を遥かに越える感じ・・雄大。 女鉾  お囃子とともに、音戸取りさんもエンヤラヤーと・・。 音頭取りさんの練習  鉾建ては1日でやるんですね。 案内板
      会の代表者と思しき方のご挨拶があり、コンチキチンとお囃子の披露が始まりました。

 コンチキチン、掛け声は黄色い声、いいですねぇ。 囃子方(鉦)  お稚児さんの代りに弁天様・・? 囃子方(太鼓)

 エンヤラヤーも黄色い声・・鉾が動きだせば感動的・・。 音頭取り  扇子の返しも揃って鮮やか。 音戸取り2

会話を手書き文字で、味はあるけど読みにくい。 「平成女鉾」フライヤー(出典:『平成女鉾』をご存知ですか?。フライヤーの「会話」部分、手書き文字、味はあるけど読みにくい、下に活字・・)。
『お母ちゃん、何で祇園祭に出えへんの』
『女の人は、祇園祭には出られへんのよ』
『きんのまでお手伝いしてたのに何で?』
『昔からのしきたりなんや』
『そんなんやったら祇園祭は男のまつりということなん?』
『そうなるんかいな』
『けったいやなぁ、祇園祭は町衆の祭や言うてはるのに、それやったら女の人は町衆と違うのん?』
『お母ちゃんの子供の頃やったら、そんなとこ言うたら、おなごのくせにって言われたえ』
『うち鉾、好きなんやもん』
『山鉾巡行に出られへんのやったら、女の人も出られる二十四日の祇園祭花傘巡行に鉾をつくって出られたらええのになぁ』
『そやけど高こうつくし、そんな簡単に鉾なんかつくれへんのよ』
『昔は、ぎょうさんつくってはったのに・・・昔の人の方がお金持ちやったん?』
『あんたは、ほんまに鉾が好きなんやねぇ』
『こないだ千二百年祭の全国祇園祭は、よそからようけ鉾が来て、女の人もいっぱいいはって、楽しかったけど、京都の鉾出てへんかったんは何で?』
『文化財に指定されてるから、ちょっとやそっとでは出られへんのんと違う?』
『えらい、むつかいしもんなんやねぇ』
『よそから来てくれてはるのに、京都がお迎えの鉾も出されへんなんて、なんか寂しいもんやね』
『よんでくれはったらすぐ出ていける鉾があったらええのにねぇ、鉾見たら、京都から来たって分かってもらえるし、もしパリのシャンゼリゼを鉾が巡行できたら、おもしろいやろなぁ、鉾にのぼって笛が吹けたらどんなにええやろ』
『そうやなぁ、今の時代に男の人だけがよぉて、女の人があかんとか、折角ええもんがあるのに出されへんとか、けったいなことばかりやなぁ』
『こんなことしてたら京都はだんだん魅力のない町やと言われるかも知れへんね』
『あんたらが大きくなるまでに、京都をもっと元気なおもしろい町にしなあかんなぁ』

 
「明日香村ねたる姿の石舞台」、墓だといわれていますが、石舞台の他にも「巨石」が沢山、どんな目的で造られたかわからないらしいですねぇ、幾つか見てきました(各写真、ポイントでコメント表示、クリックで拡大)。

 「まら石」がある周囲を撮ったものです。
      明日香村の巨石、こんな感じの場所に・・(点在、民家の近くだったり、色々ではありますが・・)。

 亀には見えない、蛙というか、うずくまったハリネズミ・・。 亀石  古代、酒、どんな方法で造ってたのか・・多分ドブロクの様なもの・・こんな石、使ったんでしょうか?。 酒船石  マラ、男性の陰茎の意、石田茂作(仏教考古学者)の命名なのだそうです。 マラ石

 まだ他にも沢山あるのですが、石舞台、そして、これらを見て満足。古代人の目的・考え、想像もつきません。

 
この猛暑続きでも、鴨川桂川で泳いだりするのを見ないですね。ところが先日、白川、岡崎公園の疎水から流れる涼やかな川ですが、そこで水遊び・・(各写真、ポイントでコメント表示、クリックで拡大)。

 水遊び禁止の看板もない、もっと大勢いてもよさそうだけど。
           近所の子らでしょうか、楽しそうです(橋の向こうは岡崎公園)。

 料理屋風の建物、清流を楽しむためか川側に窓、木々も涼やか。
           水遊びしているところから下流方向(この5、600m先に祇園の巽橋)

京都には鴨川、桂川など清流が幾つも・・なのに泳いだりする人は見ません。でも、昭和20,30年代は、泳ぐ人は沢山いたそうですね。疎水でも泳いだ事がある、と先輩仙人さんから聞きました。

 
京都迎賓館の舞台扉や欄間に施されている截金装飾、担当されたのは人間国宝の江里佐代子さんだそうです。夫の江里康慧さん(大仏師)と工房「平安仏所」を営み、数多くの作品をおくりだされています(迎賓館の截金装飾、予備知識なしで見学したので見逃しました)。

その平安仏所、昨年、見せていただく機会があり、欄間に施された截金、江里康慧さん制作中の仏像と、それに施された繊細な截金装飾を拝見しました、ご覧ください(各写真、ポイントでコメント表示、クリックで拡大)。

 京都迎賓館の檜舞台の設えも、こんな感じかと想像・・。
 欄間にほどこされた截金装飾(上、平安仏所内、江里朋子さん(佐代子さんの娘)作、作品名「日月往還」)と、
 大仏師・江里康慧さん制作中の仏像(下)です。

 どこに納められるかは存じません。 聖徳太子像  兵庫県加西市一乗寺に納めれたようです。 毘沙門天像  高野山の高祖院に納められた。 如意輪観世音菩薩

 こんな繊細な装飾、お寺に納められたら多分見られなくなりますね。 聖徳太子像の截金装飾  いずれ堂内でたかれるロウソクや線香の煙でくすみ、この装飾も見えなくなるでしょう。 毘沙門天像の胸部  薄い衣に施された装飾、見事です。 如意輪観音の截金

江里佐代子さん、最年少(57才)で人間国宝に認定されたそうですが、2007年、大英博物館で開催中の作品展で実演と講演をした後、調査のため向かったフランスのアミアンで、脳出血のため亡くなられたのだそうですね。

截金は本来仏像の荘厳技法であった、それを、飾筥(かざりばこ)、棗(なつめ)、香盒(こうごう)、結界(けっかい)、屏風(びょうぶ)、衝立(ついたて)、額装、壁面装飾へと応用し、その可能性を広めた。また京都造形芸術大学、龍谷大学で客員教授、東京芸術大学大学院で非常勤講師を務め、截金の普及にも力を注ぐなど、大きな功績を残したそうです。



 
大船鉾復活して今年は三年目、二年目だった去年、舳先の飾りは確か金色の大幣だった、あれッ?、変わったのか?、と思って見たのですが、先輩仙人さんによると、幕末、禁門の変で焼ける前は、大金幣龍頭の鉾を一年交替でだしてたのそうです。鉾を復元したのにあわせて消失した龍頭も復元、今年はその龍頭での巡行だったようです、ご覧ください(各写真、ポイントでコメント、クリックで拡大)。

 大船鉾は、戦に凱旋し帰還する場面だとか。授与品の団扇には「凱」の字・・。 御池通で  目玉以外は木地のまま、どのように仕上がっていくんでしょうか。 龍頭と音頭取り(右側)

 大金幣の舳先より、龍の方が凛々しくみえる。 四条通で  大きな龍頭、高さ約2m、重さ約220キロ・・。 龍頭と音頭取り(左側)

 目玉は入ってる。 クローズアップ(右側)  これから金箔が貼られ、再来年はピッカピカの龍頭がみられるんでしょうね。 左側

龍頭の製作は米原市の彫刻家・森哲荘さん(69)、原図がなかったので瀧尾神社(東山区)拝殿の天井に吊られている龍彫刻を参考にしたのだとか。龍頭や、欄干、屋根などはまだ生地のまま、毎年、塗りや金箔など施されて完成していくのでしょう、すこしずつ進化、楽しみですね。


 

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