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練供養、[ 龍谷ミュージアム]で行われていた「極楽へのいざない」展で初めて知り、この春、当麻寺での練供養会式を見てきました。その後、京都でも、泉涌寺塔頭の「即成院」で、毎年10月の第3日曜日に行われる、と先輩仙人さんから聞きました。今年は先日の16日(日)、ご覧ください(各写真、ポイントでコメント表示、クリックで拡大)。 光明山即成院、992(正暦3)年、伏見に建立された光明院に始まり、寛治年間(1087〜1094)には伏見寺または即成就院と呼ばれていた。秀吉の伏見城築城で深草に移転、明治には廃仏毀釈で廃寺、その後、1902(明治35)年に泉涌寺総門前に再興され現在に至る・・のだとか(境内には、那須与一の墓があります)。 |
京洛点描
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洛中洛外を彷徨っていて、ひょこッと見つけたもの、気づいた事など、一人よがりの事柄ばかりではありますが、写し撮ったもの、ご覧いただければと思うのであります。
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猛暑日が27日、真夏日は85日、去年よりそれぞれ6日、17日も多かった、秋の訪れ、遅れてる感じですね。 先日、近所の先輩仙人さんらに連れられてウォーキング、地下鉄「丸太町」から京都御苑の中をとおり「梨木神社」へ、復りも御苑内を歩き地下鉄「今出川」まで。萩、そしてヒガンバナ、コスモスなどの咲いてるのを見て、まだ暑いけど季節は確実に進んでいる、を実感しました、ご覧ください(各写真、ポイントでコメント、クリックで拡大)。 梨木神社の「萩まつり」、9月17〜19日でしたが、訪ねた25日(日)が見頃ろの感じ、今週末、まだいいかも・・。 歩くと、おなか空きますね、私は花よりダンゴ(新蕎麦の表示はありませんでしたが、蕎麦の香・・)。 |
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瀧尾神社(東山区本町)は、京阪電車「東福寺」駅から歩5分ほど上ったところ、説明板によると、創建や由緒ははっきりしないが、秀吉の時代にここに移ってきたのだとか。「北山貴船奥院御社」旧殿を移築したと言われる本殿、その前に、弊殿、東西廊、拝殿をおき、それらに沢山の彫刻装飾が・・・ご覧ください(各写真、ポイントでコメント、クリックで拡大)。 瀧尾神社の祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、そして弁財天、毘沙門天の三神だそうで、現在の社殿は、京の豪商、下村彦右衛門(現在の大丸百貨店の祖)の援助で、1839(天保10)年から1840年にかけて造営されたものだとか。下村彦右衛門は、伏見で呉服商を 1717(享保2)年開業、行商にでる途中、毎朝欠かさず参拝、商売が繁盛したのは瀧尾神社のご利益・・300年後の今も、大丸百貨店が寄進した提灯が吊られていますね。 |
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京都の大路小路は碁盤の目、なので道に迷うことは少ないですが、町名看板で現在地がわかると何となくホッとします。ある先輩仙人さん、数年前「京に残る町名看板」の表題で冊子を発行なさいました。また、京都仁丹楽会 という同好会があって、かなり専門的な研究・蒐集をしてるらしいです。 そのような志向、私にはないのですが、彷徨ってるうちに、案外たくさん撮ってるんですね。その幾つか、ご覧ください(各写真、ポイントでコメント表示、クリックで拡大)。 よく見かけるのは町名表示と仁丹マークのもの(仁丹の宣伝・拡販のため始めたらしいですね)。 町名看板、先輩仙人さんの話によると、口内清涼剤「仁丹」の宣伝のために始めたんだそうですね。仁丹は「森下仁丹」社の商標、小さいケースに入った銀粒を思いだします。宣伝の効あり、会社は大きく成長した・・とか。 仁丹の琺瑯製看板、戦後は作ってなかったそうですが、5年ほど前に復活、戦後版1号は京都市庁舎に・・。 |
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