せき仙人の京徒然

幸福の増税論(井手英策:岩波新書)、貯蓄ゼロでも不安ゼロの社会の実現策(政治家に読んでもらいたい)。

お茶でも飲んで寛いで

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一人で音楽などを聴きながら珈琲や紅茶を飲んでる時などに、フッと思い出し人に話したくなる事柄 ってありませんかな?、そんな、大体はどうって事ない話ですぅ・・・。
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クリスマスバレンタインデーなどと並んで季語としても使われてるようだし、もう年中行事になったといえるんでしょうね。デパート、ショッピングモール、ホテルほか、アチコチにカボチャや悪魔などのデコレーション、由来などはどうでもいい、商売につながりゃ・・ですかねぇ、ご覧ください(各写真、ポイントでコメント、クリックで拡大)。

 元来はケルト人の収穫祭、それが拡大解釈されたり変化して・・。
  怪しげな建物、脇に鎧姿の人形、蜘蛛の巣がかかる十字架、そして大小数々のカボチャ、何を表してる・・。

 カボチャはプラスチック製、栽培されたものはない・・。 大きなカボチャ  これは本物、食べても美味くないらしいです。 植物園にも・・

 植物園の単なる装飾のようでした。 カボチャ人形  このホテルで特別なイベントはなさそうです(ビニル製)。 ホテルの玄関で

 さすが商売上手なサントリーさん。 便乗ビール  風味、言葉で表すのは難しいですが、カボチャ味がする・・。 パンプキン風味だって

 アメリカで、日本人の高校留学生が射殺される、という事件がありましたねぇ。
        Trick or Treat、子供のやることだそうですが、日本じゃ大人が繁華街で大騒ぎ・・。

日本でのお祭さわぎ、いつ始まったのか・・先輩仙人さんによると、20年近く前、東京ディズニーランドでのイベントからだ・・とか。バレンタインデーと同様に商売のためだったようですが、楽しけりゃいい、儲かればいい、ハロウィンでなぜカボチャかなど、知らなくても・・ね。

経済新聞は「ハロウィーン市場1220億円、バレンタインを圧倒 4年で倍増…SNSが支え人気拡大」と報じてました。前年比11%増、バレンタインデーと肩を並べる規模にまで成長、SNSの普及に後押しされ、街おこしイベントの目玉となりつつある・・とも。
原作半藤一利さんの同名の著作、本の内容は、1945年8月14日から15日にかけての24時間のドキュメンタリー、文藝春秋社主催で行われた座談会(1963(昭和38)年6月に実施)で語られた事柄に基づいてるようですが、映画は、座談会で語られた事柄を基に、7月27日のポツダム宣言をうけてから8月15日の「玉音放送」に至るまでの、指導層の状況再現なんですね。

座談会の出席者は、戦中、帷幕にいた人、前線にいた人、捕虜収容所にあった人など30人、語られた事柄は雑誌「文藝春秋」(1963年8月号)に掲載され、後に単行本化されました。

文字より映像での印象、強烈でした、映画に関する断片・・(各写真、ポイントでコメント表示、クリックで拡大)。

 勝てないと分かっていて始めた戦争、終わらせ方も考えずに始め、そして310万人もの国民を死なせた、その幕引きの一部始終・・。
            映画「日本のいちばん長い日公式サイトのトップ。

 国体護持、天皇を頂点とする政治体制を維持するということ、国民は眼中になかった・・。
  天皇が「終戦証書」を読む場面(出典:入館時に渡されたパンフレット。証書全文と現代語訳ほかも掲載)。

 終戦証書は四枚あるんですね。 終戦証書四枚中の一枚目  耐え難きを堪え忍び難きを忍び・・がでてきます。 二枚目

 最後に「朕か意を體せよ」と。 三枚目(御名御璽と閣僚署名)  閣僚は16人。 四枚目(署名の後半)

 「玉音放送」の原盤、最近宮内庁から公開されました。
        「終戦証書」を読む天皇、声(玉音)を録音している場面(出典:公式サイトの予告編)。
この本、ドキュメンタリー、あるいは歴史小説、なんですね。 原作の「日本のいちばんながい日」(文春文庫の表紙)、8月14日正午から8月15日正午までのドキュメンタリー・・。

文春新書に「日本のいちばん長い夏」というのもあります。座談会内容に、44年後の解説、日本終戦史の問題点などを増補したもので、生の様子がわかりますね。

始める前から勝てないと分かっていた、終わらせ方も考えず始め、そして310万人もの日本人をなせた戦争、仕舞いまで国体護持、国民は念頭になかったようですねぇ(水木しげるさんは、兵隊や国民は軍馬より下だった、と語ってました・・)。
北大路魯山人(1883-1959)、陶芸作品を多少見たことがあるくらいで遠い世界の人、なので、あまり知りませんでしたが、書家、篆刻家、画家、漆芸家、料理家、美食家、そして陶芸家と、実に幅広い分野で才能を発揮した天才、と認識させられました。

彼の芸術家としてのスタートは書道、そして篆刻、看板、料理から「器は料理の着物」として陶磁器へ(「まな板皿」は彼の発明だとか)、芸術的な才能だけで世間に認められるのは至難、鋭い味覚、さらに事業家の才能や才覚、あったんですねぇ(各写真、ポイントでコメント表示、クリックで拡大)。

 京都国立近代美術館、岡崎、平安神宮大鳥居の西側です。 美術館前の看板  広いホールの正面に会場へ誘うポスター。 エントランスホール

 紙問屋の主、河路豊吉に招ねかれ、食客として河路家に逗留している間に制作と・・。
       刻字看板(1913(大正2)年、長浜市にあった老舗紙問屋のために彫ったものとか。)。

 昭和24年制作、京都国立近代美術館蔵。肖像写真の面構え、自信に満ちてる。
                   織部俎盤

この織部俎盤、緑色の釉薬のかかった桃山時代の陶器片を見つけ、その色を再現しようと挑戦して実現、四角い皿を制作したそうで、これが俎皿の始まりだとか。

食事の美味しさは味だけじゃなく視覚的要素も欠かせない、今じゃ当たり前のようですが「器は料理の着物」と唱えて器を創る、凄いです(肖像写真の面構えも・・)。
祇園祭が終わると、京の暑い夏はいよいよ本番、二三ケ月ガマン我慢の毎日を過ごすことになります。鱧と鰻でもたべて乗り切りましょう(一度や二度食べたくらいでは、いかほどの効果もないでしょうけど・・)。

 落し、照り焼き、茶碗蒸し、どれも美味いですねぇ。 鱧づくし  この程度でも、庶民には高嶺の花になりましたねぇ。 鰻定

鱧、関東で食べたことない、どちらかというと穴子という印象ですが、京都では人気の魚なんですねぇ。昔は、暑さ厳しい真夏、京で鮮度のいい魚を手に入れるのは至難、明石や瀬戸内から生きたまま京に届くのは鱧くらいだったとか。そんな生命力が、暑い夏を乗り切る精力の元と、もてはやされるようになったのだそうですね。

鰻、土用の丑の日に食う、平賀源内の発案だとか・・関東と関西では捌き方、焼き方に違いがあるようですね、どちらも美味いです。
詩「さよなら日記」、ある美術館に展示されてた版画のテーマ・・(写真、ポイントでコメント表示、クリックで拡大)。

 版画の作者は原和男(2011)、詩は小林守城、栃木県鹿沼市出身の人。
 「六十代には毎日哀しかったことを、七十代に入ってからは毎日ありがたかったこと」を五木寛之は日記に・・。

  のために日記を書くか、五木寛之さんはから抜け出すためだったらしい・・。

  「このあと・・どんな日記があるのだろう、他人のために余白を残し、またねを入れた、さよなら日記・・」。

さよなら日記、何だか寂しいです。一時、エンディングノートが話題になり、自分史なんていうのもチョッと流行りました。その延長線で終活が流行語、そして「さよなら」ですかねぇ。

 ブログ、「ホームページ風日記」とも言われますが、私のは意味のない只のゴミ、こちらの終活も要りますね。

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