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予定していた久米島が台風でキャンセルになり大瀬崎に18〜19日潜りに行ったんですが、以前サイパンでお世話になったサイパングランドホテルの元支配人が愛知県犬山市の名鉄犬山ホテルに現在いるので19日ダイビングが終わってから会いに行ってきました。
国宝犬山城
犬山城は天文六年(1537年)現在の位置に天守が造営され、織田与次郎信康が城主となったが、天文16年(1547年)岐阜の稲葉山城で戦死、その子織田十郎左衛門信清が城主となった。その後何代か城主がかわり文録4年(1595年)石川備前守光吉が守った。慶長5年(1600年)の関ヶ原合戦の後小笠原和泉守吉次が入城した。この石川、小笠原両氏の手によって、今世の犬山城が完成された。その後、平岩主計頭親吉のあと元和3年(1617年)成瀬隼人正正成が城主となってからは成瀬氏が継いで明治に至った。明治4年9代目正肥のとき廃藩置県で廃城となり天守を除くほかは殆ど取り壊された。同24年濃尾震災で天守の東、南と西北の付櫓・城門がこわれたので、同28年旧犬山藩主正肥に城を修理するという条件で譲られ唯一の個人所有として現在に至っている。
昭和2年11月20日天皇陛下が登閣され、同10年5月13日国宝に指定された。同27年3月29日規則改正にともない再指定された昭和36年4月から解体修理を始め昭和40年3月2日竣工復元した。
国宝茶室如庵(有楽苑)
犬山城の東にある有楽苑には、国宝茶室如庵、重要文化財旧正伝院書院、古図により復元された元庵、新しく建てられた弘庵などがあり、静かなたたずまいをみせています。如庵は、茶の湯の創世期に尾張の国が生んだ大茶匠・織田有楽斎が建てた茶室で、昭和11年に国宝の指定をうけた茶道文化史上貴重な遺構です。京都山崎妙喜庵内の待庵、大徳寺龍光院内の密庵とともに、現存する国宝茶席3名席の1つです。
織田有楽斎は信長の実弟として天文16年(1547)に生まれました。波瀾に富んだ人生を送った有楽の生涯を写すがごとく茶室如庵は各地を点々としましたが、昭和47年に犬山城下の佳境の地に移築され、「有楽苑」と名付けられました。
からくり展示館
祭りの車山(やま)山車(だし)『犬山祭では車山(やま)』のからくり人形や、祭りに関する資料などが展示されておます。
19〜20日と名鉄犬山ホテルに大変お世話になり帰宅しました。
茨城・大瀬崎・愛知と往復で1200km位ありました。
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