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このゼミは、ナチス時代のある強制収容所から生還したユダヤ人の作家が著した本によって起訴された看守たちの裁判を傍聴することだった。この裁判の争点は、その本の表現によると、死の行軍の途上仮収容所として使った教会が被弾して炎上したとき外から鍵がかけられていたため母子の囚人を残して全員が焼死した事件についてであった。ある看守の尋問が始まったとき、マイケルの身体が金縛りにあったように凍りついた・・・。6年前彼の前から去っていったハンナ・シュミッツが尋問を受けていたのだ。そして彼女が過去にナチ親衛隊に所属していたことを知った・・・ナチ親衛隊に入る前は、名門企業であるシーメンスで働いていたことも、そして彼をさらに驚かせたのはシーメンスの主任を振って、ナチ親衛隊に入ったことだった・・・尋問は続いていた、裁判長は「何故あなたは鍵を開けなかったのか・・・」彼女は答える「それは秩序を守るためです。・・・被弾している小さな村で、囚人が逃げ出したらどうなるのでしょうか・・・」彼女は看守としての仕事を規則によって全うしたのであって何故それが裁かれないといけないのかと主張し、逆に裁判長に質問を投げかける「あなたなら、どうしましたか・・・」裁判長は答えられなかった。その時、教授が学生たちを前に「人は法によって裁かれるべきであって、現在の法律ではなく、その当時の法律によって裁かれないといけない・・・」と話した言葉を思い出した。マイケルはハンナが法律を犯したのかどうかを考えた。法廷では裁判長が「報告書を書いたのはあなたですか?」「いいえ、わたしではありません・・・」「筆跡鑑定をしましょう」ハンナの前に紙とペンが置かれた・・・。
次の瞬間、彼の脳裏に駆け巡ったのは、サイクリング旅行の計画のとき、任せると言って本を投げ捨てたこと、その旅行のときハンナは食事の注文を彼に任せていたことを思い出した・・・本の朗読・・・ シーメンスの主任を振って看守になったことも・・・ハンナが去っていく前の日に苛立っていたこと・・・喧嘩したこと・・・そしてアパートに置手紙がなかったこと・・・去って行ったのは彼が嫌いになったのではない別の理由があったのだ。
ハンナは困惑した表情を見せ、遂には信じられない言葉を口にした。「私が書きました」
マイケルは、彼女が執拗に否定したことを、裁判長が筆跡鑑定をするといった瞬間なぜ豹変したのか理解した。
“自分は捨てられたのではない・・・” 彼の中で壊れていたものが蘇生する。しかしそれは、喜びの始まりではなく新たな苦しみの始まりだった。ハンナの無罪を勝ち取るために彼女に逢いに行き、証言をしようと思って面会を試みるが・・・彼は心が萎えた。
ハンナは誰にも知られたくない秘密を持っており、その為ならたとえ刑務所に入ることになろうともそれを厭わない。そのようなハンナの心を彼は痛いほど裁判を通して知らされてしまった。
彼は問い続けた ”自分に何ができるのか・・・” そして、ナチスの戦争犯罪とは何なのか・・・彼はアウシュビッツに行くがそこに答えはなかった・・・ハンナは、教育を与えられず育ち、そのため非識字者であることを隠し、ひたむきに生きるために努力し・・・それが皮肉にも・・・彼女から職を奪い・・・生きるために新たな職を探し・・・いき着いたところがナチ親衛隊の看守の職だった。・・・活字が読めないため、おそらく彼女はナチ親衛隊なるものの本当のことを知らないまま看守の仕事をし、あの事件に巻き込まれ、任務を全うするために取った行動によって裁かれている・・・このような人が本当に裁かれないといけないのか・・・もし,そうであるならあの時代にこの国に生きたものはすべて犯罪人ではないのか・・・答えのない問いに彼はいたたまれなかった・・・あの小さな旅行で、教会の聖歌隊のコーラスに涙を流していたハンナの姿を想いだしたとき彼女の心の中にあの日のことが忘れられず涙を流していたのかもしれないと思った・・・そのように思うとさらにいたたまれない気持ちに襲われる・・・ただ救われるのは、彼女は法律によって刑に服したのではなく・・・彼女自身の中での人としての贖罪の為におそらくそれを受け入れたのだろうと思えることである。
マイケルは、彼女を救えるすべを持っているにも拘らず使うことのできないもどかしさから逃げた。その夜、ゼミの女友達の部屋で一夜を過ごしたが、ハンナのことが彼にまとわりついてはなれない・・・。
もはや、誰をも愛せないのか・・・彼は結婚し娘を授かるが離婚をし、女友達からも「永く付き合った人はいないでしょ・・・」といわれる始末だ・・・娘をも悲しませる有様だ・・・
あの時、逃げたからだ・・・そしてすべての歯車が狂いだした。ノイシュタットからすべての歯車が狂いだしたと思うとその両親の住む町にも行けず父親の葬儀にも出られなかった。
ハンナのことを彼自身の中でけじめをつけなけれずならないことを知る・・・幼い娘を連れて母親に逢いに行く、そして妻と離婚したことを告げる。当時使っていた彼の部屋を覗くと”オデュセイア”の本を見つける、ハンナに読んで聞かせた本だった・・・
彼は本を朗読したテープをハンナに送ることを決意し、もう一度彼女と向き合うことを考える、彼自身が失ったものを取り戻すために・・・来る日も来る日も朗読したテープを送る、ハンナはマイケルから送られてくるテープと収容所の図書室から借りた本で読み書きを覚え、やがてマイケルに手紙を送くるようになる。読んでほしい本の催促もするようになった。
ある日、ハンナの刑務所からの電話が鳴る・・・彼女の出所が決まったという内容だった。そして社会復帰のため面倒を見てほしいということであった。
マイケルは、朗読テープを送り続けることによって、閉ざされていた心が開かれていったのだ・・・人を愛せないと思い込んでいたけれで、干からびていた心にうるおいが戻ってくる。それで、別れてから初めてハンナに会いに刑務所に行くことが出来た・・・出所後の仕事と住まいを用意したことを伝える。 ハンナがさしだす手にふれるが握り締めようとしないマイケル・・・ハンナの質問に答えるように、結婚をしたこと、そして別れたことを・・・ハンナは「もう本を朗読してくれないの・・・」と彼に聞くが、マイケルはそのことには答えないで「本を読めるでしょう」という、彼女は「聞くことが好きなの」・・・ハンナは、駆け引き無しに彼を愛していた、純粋に・・・でもこの時マイケルには伝わらなかった。
そしてマイケルに託した遺書の内容は、火事で生き残った少女に缶の中にある現金を渡してほしいこと、彼女の銀行口座にあるお金の使い方をマイケルに任せることが書かれていた。ハンナは最後まで彼のことを信頼していたことを知ると、ハンナにどれほど愛されていたかを知り、涙が溢れ出して止まらなかった・・・そしてこの涙によって彼の心は癒された。
ハンナはあまりにも知的で純粋で本当の意味での優しさにあふれていた。読み書きができないとき彼女は生きる事に力があった。識字者になったとき生きる力がなくなった。いやむしろ彼女が生きるには、この世はあまりにも偏狭なのかもしれない・・・。
マイケルは、彼女の意思を尊重し彼女が残したお金をすべてユダヤの識字率の向上のための基金に寄付をした。彼は、彼の娘にハンナとのことを語る事ができるようになった・・・それは娘がどれほど大切なのかを証しする事にもなった・・・。
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