コンクリート住宅 あのねのね

コンクリート住宅についての話題を日々の業務の中で書いていきます。

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愛を読むひと 1/2

 非識字者でありながらそれを隠しひたむきに生きているハンナの半生とその人を初恋の女性としたマイケルの愛の苦悩と葛藤の変遷を描いている。・・・この映画を見るものにとって、ハンナが生きた時代と場所の特殊性ゆえに、また彼女が人生の岐路に立たされた時のその選択の特殊性ゆえに織りなされてゆく人生の不条理、しかしその中で観るものが救われるとすればハンナ自身の純粋さと力強さと厳しさの中にあふれる優しさかもしれない・・・マイケルの心を捉えたのはまさに彼女のこの部分だ・・・マイケルは彼女がけっして云わない内面の葛藤を、大学の特別ゼミで実際の裁判を傍聴する中で、偶然に再会した被告としての彼女の姿によって、その証言によって知るのである。しかし、若い彼にとってその現実はあまりにも過酷で苦しいものだった。その現実から逃避せざる得なかった、彼は結婚し娘をもうけ、このことを忘れようとするが・・・できなかった。彼自身が背負うことになった心の重荷、それからひたすら逃げていたがその事によって狂い始める人生の歯車。もはや逃げていることはできない、それと真っ向向き合うことを決心し、行動することによって取り戻してゆく大切なもの・・・映画のクライマックスは、けっして話すことのなかった彼自身をその娘に、初恋の女性の眠る墓標を前にして語り始める・・・。
この映画の舞台は、1958年のドイツ ノイシュタット、デビッド・クロス扮する15歳のマイケル少年が夕暮れの街を雨のなか家に帰る途上で気分が悪くなり、あるアパートの入り口で嘔吐する。そしてそこに座り込む・・・ケイト・ウインスレット扮するハンナ(規則に厳格な職業婦人の面影を色濃く宿した女性)がその汚物を踏み付けアパートの中に消えてゆく。その刹那、少年はさらに嘔吐を繰り返す。戻ってきたハンナの手には、水が入ったバケツと手拭・・・手拭で少年の口を拭いてやり、汚物をきれいに水で流す。少年の不安そうな眼差しを見ると思わず抱きしめ「もう大丈夫よ・・」少年の家の近くまで付き添っていく。
 少年は猩紅熱と診断され、3ヶ月自宅療養を余儀なくされる。雨の降りしきる街の中で倒れ不安の中にいた少年にとって見ず知らずの女性から受けた優しさに感謝せずにはいられなかった。
3ヵ月後アパートに彼女を訪ね、お礼とともに花束をわたそうとするが「台所に置いといて」と素っ気無く言われる。彼は帰ろうとするが、「これから仕事に行くの・・・一緒に出ましょう、ドアの外で待っていて」と言われる。何気なくドアの隙間から中を覗くとストッキングをはく彼女の脚から太ももが彼の目に飛び込んでくる、その次の瞬間彼女の射抜くような目が彼の目を捉える、少年は恥ずかしさのあまり階段を駆け下り通りへ・・・。
 彼女の優しさとその美しい肢体・・・彼の中で焦がれるような思いが日増しに募り、我慢ができなくなりもう一度彼女のアパートを訪ねる。重い荷物を持って階段を上がってくる彼女、一瞬の気まずさを救ってくれた一言「バケツにあと二杯石炭を運んでくれる」・・・少年は喜んで暖房用の石炭を運ぶ。運び終えた少年の石炭で真っ黒になった顔を見た彼女は笑い、風呂に入ってから帰るようにすすめる。
バスタブのなかで、役にたてたことの喜びとなんか特別な関係になったような感じが嬉しくなった次の瞬間、バスタオルを広げて立っている彼女に言葉を失う・・・無言の命令に従うかのようにバスタブから上がり身体を拭いてもらう・・・刹那、背中に女性の柔らかな乳房が吸い付くように感じ身体が宙に浮くような感覚に襲われ、全身の血流が一箇所に流れ込むように感じた。彼女の口から漏れた一言「このために戻って来たのでしょ」少年にとってこれほど甘美で率直で幻惑された言葉はほかになかった。求める少年、それに応えるハンナ、瞬く間に二人は恋に落ちていく・・・。恋するものにとって年齢差は何の意味も持ち得ないのかもしれない・・・しかしこの二人にとって皮肉にもこの年齢さの背後に隠されたものによって大きな意味を持つことになろうとこの時、知る由もなかった。
 少年は学校帰りに彼女の家に寄り道をして過ごす事がこのうえもなく喜びであった。逢うたびに求め合う二人・・・ある時、ハンナが今日は何を習ったのと聞く・・・少年が「エミーリア・ガロッティ」と答える・・・ハンナはそれを読んで聞かせてと言う・・・部屋に響く少年の朗々とした言葉によって開かれた物語の世界に浸ってゆく、至福のときの流れに来る日も来る日も身を任せた、彼女が失っていた青春を力の限り取り戻しているようでもあった。
 ある日、少年は蒐集してきた切手を売って得たお金を資金にツーリング旅行を企画した。ハンナにそのことを話し、計画を任せられた少年が知りうる限りのコースを組み立てる、のどかなドイツの田園を自転車で駆け抜ける二人、レストランのオープンテラスでハンナはメニューに一瞥するが、この旅行の計画もそうであったように食事のオーダーも少年にゆだねる・・・幸せなひととき・・・川で泳ぎ、教会に立ち寄る・・・聖歌隊のコーラスに耳を傾け涙するハンナ・・・少年にとってすばらしい思い出の詰まった小さな旅行、ハンナにとっては戦争と貧しさで味わうことのなかった青春を満喫した幸せな旅行だった。
学校帰りに寄る彼女のアパートで幸せな時間が再び流れてゆく・・・。
 ある時、彼女は上司に呼ばれ勤務成績が申し分ないので明日から事務職として昇進したからと告げられる。その日、少年はハンナと喧嘩する、ハンナに逢いにきたのに刺々しく扱われることに苛立ちを感じ感情が爆発した・・・部屋を飛び出すマイケル・・・。しばらくしてから部屋へ戻るとハンナはバスタブにいた・・・マイケルはきく「僕のことが好き・・・」彼女は小さくうなずく・・・ハンナはなぜかその日マイケルの身体を入念に洗い・・・燃えるような時間を過ごす・・・そしてハンナは彼に一言「これからは友達のところに行きなさい・・・」
次の日、マイケルがハンナのアパートに来ると彼女の荷物は部屋になかった。空っぽになった部屋のあちこちを歩きまわるが置き手紙も何もなかった・・・。
数年が経ち、マイケルはハイデルベルグ大学の法学部に在籍しロール教授の特別ゼミを受講した。この事が彼の人生に大きな影を投げ落とすことになろうとは・・・。

愛を読むひと 2/2

 このゼミは、ナチス時代のある強制収容所から生還したユダヤ人の作家が著した本によって起訴された看守たちの裁判を傍聴することだった。この裁判の争点は、その本の表現によると、死の行軍の途上仮収容所として使った教会が被弾して炎上したとき外から鍵がかけられていたため母子の囚人を残して全員が焼死した事件についてであった。ある看守の尋問が始まったとき、マイケルの身体が金縛りにあったように凍りついた・・・。6年前彼の前から去っていったハンナ・シュミッツが尋問を受けていたのだ。そして彼女が過去にナチ親衛隊に所属していたことを知った・・・ナチ親衛隊に入る前は、名門企業であるシーメンスで働いていたことも、そして彼をさらに驚かせたのはシーメンスの主任を振って、ナチ親衛隊に入ったことだった・・・尋問は続いていた、裁判長は「何故あなたは鍵を開けなかったのか・・・」彼女は答える「それは秩序を守るためです。・・・被弾している小さな村で、囚人が逃げ出したらどうなるのでしょうか・・・」彼女は看守としての仕事を規則によって全うしたのであって何故それが裁かれないといけないのかと主張し、逆に裁判長に質問を投げかける「あなたなら、どうしましたか・・・」裁判長は答えられなかった。その時、教授が学生たちを前に「人は法によって裁かれるべきであって、現在の法律ではなく、その当時の法律によって裁かれないといけない・・・」と話した言葉を思い出した。マイケルはハンナが法律を犯したのかどうかを考えた。法廷では裁判長が「報告書を書いたのはあなたですか?」「いいえ、わたしではありません・・・」「筆跡鑑定をしましょう」ハンナの前に紙とペンが置かれた・・・。
次の瞬間、彼の脳裏に駆け巡ったのは、サイクリング旅行の計画のとき、任せると言って本を投げ捨てたこと、その旅行のときハンナは食事の注文を彼に任せていたことを思い出した・・・本の朗読・・・ シーメンスの主任を振って看守になったことも・・・ハンナが去っていく前の日に苛立っていたこと・・・喧嘩したこと・・・そしてアパートに置手紙がなかったこと・・・去って行ったのは彼が嫌いになったのではない別の理由があったのだ。
 ハンナは困惑した表情を見せ、遂には信じられない言葉を口にした。「私が書きました」
 マイケルは、彼女が執拗に否定したことを、裁判長が筆跡鑑定をするといった瞬間なぜ豹変したのか理解した。
 “自分は捨てられたのではない・・・” 彼の中で壊れていたものが蘇生する。しかしそれは、喜びの始まりではなく新たな苦しみの始まりだった。ハンナの無罪を勝ち取るために彼女に逢いに行き、証言をしようと思って面会を試みるが・・・彼は心が萎えた。
 ハンナは誰にも知られたくない秘密を持っており、その為ならたとえ刑務所に入ることになろうともそれを厭わない。そのようなハンナの心を彼は痛いほど裁判を通して知らされてしまった。
 彼は問い続けた ”自分に何ができるのか・・・” そして、ナチスの戦争犯罪とは何なのか・・・彼はアウシュビッツに行くがそこに答えはなかった・・・ハンナは、教育を与えられず育ち、そのため非識字者であることを隠し、ひたむきに生きるために努力し・・・それが皮肉にも・・・彼女から職を奪い・・・生きるために新たな職を探し・・・いき着いたところがナチ親衛隊の看守の職だった。・・・活字が読めないため、おそらく彼女はナチ親衛隊なるものの本当のことを知らないまま看守の仕事をし、あの事件に巻き込まれ、任務を全うするために取った行動によって裁かれている・・・このような人が本当に裁かれないといけないのか・・・もし,そうであるならあの時代にこの国に生きたものはすべて犯罪人ではないのか・・・答えのない問いに彼はいたたまれなかった・・・あの小さな旅行で、教会の聖歌隊のコーラスに涙を流していたハンナの姿を想いだしたとき彼女の心の中にあの日のことが忘れられず涙を流していたのかもしれないと思った・・・そのように思うとさらにいたたまれない気持ちに襲われる・・・ただ救われるのは、彼女は法律によって刑に服したのではなく・・・彼女自身の中での人としての贖罪の為におそらくそれを受け入れたのだろうと思えることである。
 マイケルは、彼女を救えるすべを持っているにも拘らず使うことのできないもどかしさから逃げた。その夜、ゼミの女友達の部屋で一夜を過ごしたが、ハンナのことが彼にまとわりついてはなれない・・・。
 もはや、誰をも愛せないのか・・・彼は結婚し娘を授かるが離婚をし、女友達からも「永く付き合った人はいないでしょ・・・」といわれる始末だ・・・娘をも悲しませる有様だ・・・
 あの時、逃げたからだ・・・そしてすべての歯車が狂いだした。ノイシュタットからすべての歯車が狂いだしたと思うとその両親の住む町にも行けず父親の葬儀にも出られなかった。
 ハンナのことを彼自身の中でけじめをつけなけれずならないことを知る・・・幼い娘を連れて母親に逢いに行く、そして妻と離婚したことを告げる。当時使っていた彼の部屋を覗くと”オデュセイア”の本を見つける、ハンナに読んで聞かせた本だった・・・
彼は本を朗読したテープをハンナに送ることを決意し、もう一度彼女と向き合うことを考える、彼自身が失ったものを取り戻すために・・・来る日も来る日も朗読したテープを送る、ハンナはマイケルから送られてくるテープと収容所の図書室から借りた本で読み書きを覚え、やがてマイケルに手紙を送くるようになる。読んでほしい本の催促もするようになった。
ある日、ハンナの刑務所からの電話が鳴る・・・彼女の出所が決まったという内容だった。そして社会復帰のため面倒を見てほしいということであった。
マイケルは、朗読テープを送り続けることによって、閉ざされていた心が開かれていったのだ・・・人を愛せないと思い込んでいたけれで、干からびていた心にうるおいが戻ってくる。それで、別れてから初めてハンナに会いに刑務所に行くことが出来た・・・出所後の仕事と住まいを用意したことを伝える。 ハンナがさしだす手にふれるが握り締めようとしないマイケル・・・ハンナの質問に答えるように、結婚をしたこと、そして別れたことを・・・ハンナは「もう本を朗読してくれないの・・・」と彼に聞くが、マイケルはそのことには答えないで「本を読めるでしょう」という、彼女は「聞くことが好きなの」・・・ハンナは、駆け引き無しに彼を愛していた、純粋に・・・でもこの時マイケルには伝わらなかった。
そしてマイケルに託した遺書の内容は、火事で生き残った少女に缶の中にある現金を渡してほしいこと、彼女の銀行口座にあるお金の使い方をマイケルに任せることが書かれていた。ハンナは最後まで彼のことを信頼していたことを知ると、ハンナにどれほど愛されていたかを知り、涙が溢れ出して止まらなかった・・・そしてこの涙によって彼の心は癒された。
ハンナはあまりにも知的で純粋で本当の意味での優しさにあふれていた。読み書きができないとき彼女は生きる事に力があった。識字者になったとき生きる力がなくなった。いやむしろ彼女が生きるには、この世はあまりにも偏狭なのかもしれない・・・。
マイケルは、彼女の意思を尊重し彼女が残したお金をすべてユダヤの識字率の向上のための基金に寄付をした。彼は、彼の娘にハンナとのことを語る事ができるようになった・・・それは娘がどれほど大切なのかを証しする事にもなった・・・。

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シカゴの病院に赴任するため、住み慣れた湖に浮かぶ家を後にするケイト・・・

新しい住人宛に郵便物の転送依頼の手紙をポストに入れる・・・引越しをしていく人が通常にする日常のひとコ

マ、しかし思わぬ運命の糸がレイクハウスのポストよって織りあわされていく・・・。

2006年2月14日デイリープラザ ケイトはランチを食べながら母親の話を聞いていた・・・『お父さんが愛読し

ていたドストエフスキーの本を読んでいるとすぐ近くにあの人がいる気がするのよ・・・』

映画の中でほんのあらすじしか語られていないが・・・実はこの映画の重要なキーとなっている。

この映画には二つの小説が出てくる。一つはこの映画の中でもケイトとアレックスの会話の中で語られ、この本

を通して二人が運命の見えざる糸で結び合わされていく、ジェーン・オースティンの”説得”もうひとつはドストエフ

スキーの”罪と罰” これはこの映画の最も重要なテーマとなっている。

“罪と罰” ペテルブルグ大学の法学部に在籍するラスコーリニコフが窮乏の生活から脱するために犯した金貸

し老婆の殺害とそれによる罪の呵責から逃れるために自分と同じような境遇にいる面識もない売春によって家族

の生計を立てている少女ソ−ニャに自分が犯した罪を告白する・・・きっとソ−ニャは許してくれるという漠然とした

思いから・・・しかし彼女は泣きそして彼に自首をさせる。彼はシベリアに流刑される。そこに訪ねてくるソ−ニャ

そして献身的に尽くす彼女の彼に対する愛 それによって生みかえられてゆくラスコーリニコフ(文豪ドストエフス

キーの半生そのもの)・・・純粋な愛 (ソ−ニャの愛=キリストの愛) は人の運命を変えることをテーマとしている。

「The Lake House」は、愛は不思議なまた、あり得ない力によって人の運命だけではなく、人の命をも救うとい

うことをテーマにしている。“罪と罰”のテーマと相似形をなしている。

その日デイリープラザのまえでトラックが乗用車に衝突しスピンした乗用車が道を横切っていた通行人を撥ね

たのを目撃したケイトは彼を救おうと救急車を手配し病院に運び込む・・・しかし彼は・・・。

この映画を観る人は二年の不思議な時間の差から生まれる時を越えた男女の愛、ラブロマンと見るでしょう。

しかしこの映画の構成はデミー・ムーアーとパトリック・スウェイジー共演の”ゴースト”によく似ている。

事故でなくなった青年が自分は生きているのだと疑うことなく二年前にさかのぼって人生をトレースしている、そ

してそのことにも気づいていない・・・。

なぜこのようなことが起こったのか、その青年はケイトを二年前から愛していた。そしてその青年の運命の日に

ケイトがその現場に居合わせ・・・彼を救おうとしたが彼女の懸命の努力にもかかわらず・・・。その瞬間青年は、

2004年2月14日のレークハウスで人生をトレースし始める、彼の魂はケイトの愛によって運命が変えられることを

願っている。しかし彼はその魂の叫びすら自分ではわからない。青年の名は、アレックス。レイクハウスのポスト

に残された奇妙な手紙・・・。アレックスにとっては奇妙な手紙しかし、ケイトにとっては次の入居者へのごくありふ

れた依頼の手紙だった・・・。この先は映画を見て堪能してください。

この映画のもうひとつの見所は、キアノ・リーブス扮するアレックスとクリストファー・プラマー扮する超一流建

築家であると同時に父であるサイモン・ワイラーとの建築談義と、アレックスとサンドラ・ブロック扮するケイトの

シカゴの街の建物を見て歩くデートシーン・・・

シカゴは建築を志すものにとって憧れの街であると同時に19世紀から20世紀に活躍したライトをはじめミース、

サリバンetc…に出会える街・・・。

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