山形県戸沢村

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奥の細道のゆかりの地を訪ねる旅もあと少しになった。
 
芭蕉がもっとも気をそそられた風景のひとつに最上川がある。
 
米沢の奥から流れ出て北上し、新庄のあたりで西に折れ、日本海の酒田に流れ出る出羽の大河。
 
芭蕉はこう『奥の細道』に書いている。
 
最上川はみちのくより出でて、山形を水上とす。ごてん・はやぶさなどといふおそろしき難所あり。板敷山の北を流れて、果ては酒田の海に入る。左右山覆ひ、茂みの中に船を下す。これに稲つみたるをや、いな船といふならし。白糸の滝は青葉の隙々に落ちて、仙人堂岸に臨みて立つ。水みなぎつて舟あやふし。
 
   五月雨を あつめて早し 最上川
 
尾花沢に長居して山寺にも行ったりで、いよいよ出羽三山(羽黒山、湯殿山、月山)に向けて最上川の船下り。
その乗船の地がここ本合海だ。 場所
ここは、肘折温泉へのバスの途中にてなかなか来ることができなかった。
ようやく、この日この前を通り、ここがかの地であることに気がつき途中寄り道と相成った。
 
川を見下ろす地に、腰を掛けた芭蕉、傍にたたずむ曽良。
遠く目を細める先には白い雪がまばゆい月山。
これから芭蕉は出羽三山におまいりする。最大の難所がこの月山だ。
旅程の険しさに思いをはせ、あるいはここまでよく来たなあと感慨にふけったのだろうか。
 
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句碑 五月雨をあつめて早し最上川
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なお芭蕉の最上川上陸の地は『清川』というところ。
ここはすでに訪問した。そのときの記事
 

最上川  芭蕉編

べにばな号一行は戸沢村古口から乗船したが、芭蕉はどうだったか。

元禄2年新暦7月19日、新庄の城下を出発し、古口からは少し上流の本合海から乗った。

べにばな号のなかではその解説がされた。
「本合海では芭蕉と曽良(の像)が遠くを眺めています。川とは反対の方で、それは、今は雲の中にある月山です。これから向かう山に思いを馳せているのでしょう。」と。

 最上川はみちのくより出て、山形を水上とす。
 ごてん・はやぶさなど云おそろしき難所有。
 板敷山の北を流て、果は酒田の海に入。 (奥の細道より )  

ごてん・はやぶさとは、最上川三難所と言われ、流れが急なところ。ずっと上流の村上のあたり。「最上川三難所そば街道」として名店が多い。

 白糸の瀧は青葉の隙隙に落て仙人堂岸に臨て立。
 水みなぎつて舟あやうし。    (奥の細道より ) 

そして、右手の山の中腹に仙人堂を見つけ、義経一行の苦難の逃避行に思いを馳せ、また白糸の滝は、はるか山の上から、優雅に一筋の白い流れを見せていて、一時言葉を失う感あり。

(残念ながら写真なし。次を見てくれ)


最上川舟下り

山交バスのべにばな号は大石田にて我々3人をピックアップし、最上川舟下りの乗船場所である戸沢村に急ぐ。

このツアーの目玉である最上川舟下りは、戸沢村小口で乗船し、草薙までの12kmを約1時間かけて下る。

船頭の軽快な語り口は、まったく飽きさせない。
山形弁の漫談調で舟の中は笑いで一杯だ。

弁当を肴にワンカップでちょびり。
最上川舟歌がよくあう。

五月雨をあつめてはやし最上川 の芭蕉の句の英語版が出てきたのには驚いた。ちゃんと五七五と俳句っぽく聞こえる。意味も判る。外人にはわからないだろうが。

豊かな水量のとうとうと流れる最上川は、夏の日差しをまぶしく反射し、迫る両岸の山は、杉の緑とぶなの緑とコントラストを変えて、油絵を見ているかのようだ。

乗船場所は戸澤藩舟番所となっている
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弁当引渡し所 看板がふるっている
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