宮城県丸森町

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棚田の風景は懐かしい郷愁を感じる。
日本の原風景として人のぬくもりすら感じる。

人々の長年にわたる慈しみがその石垣や畦に現れているのだ。

日本棚田百選に選ばれた沢尻の棚田。 場所
この時期田植えが終わったばかり、早苗がまだかわいく風に揺れる時期が最も美しい。

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阿武隈川はどこから流れ出て、どこを通って、最後どこに流れ出るのか正確に言えるのは地理好きか、鉄道マニアかぐらいか。

小生など北関東に育ったものにとっては川は北から南に流れるものという先入観が走り、北に向かって流れる阿武隈川や最上川には違和感を感じたものだった。

その阿武隈川に架かる丸森橋を渡り上流に向かってひた走り。場所
紫外線が川面に反射し目を開けていられない。
今の時期考えられるすべての緑系の色を点描画のように山のキャンバスに落としこんだ一年で最も美しい山の姿を見せている。
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鶯が鳴いている

金山城址の次は、瑞雲寺。

この寺は、政宗公に任じられこの地の支配者になった中島氏が寄進復興し菩提寺になった古刹。曹洞宗の禅寺。

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この場所にはもうひとつ明治の勃興期から昭和初期まで半世紀にわたり製糸場で働いたたくさんの女工の汗もあった。

今は田んぼになっているだけだが、最盛期は東北一の近代的機械製糸工場としてたくさんの女工が働いていた。経営者は佐野氏。民間の事業所だが、この方は女工哀史などに思い出される悲しい物語とは程遠く、いわゆる労働環境、福利厚生には相当気を使ったとのこと。

それでも、病によりこの地でなくなった女工も数多く、手厚く葬られている。

場所

丸森はどこでも気持ちのいいサイクリング場所になるが、観光案内所である『やまゆり館』で教えられた支流の何とか川の土手沿い。

遮るものは何もなし。
一本の道がまっすぐにどこまでも。


スムースに映像は進まない。
重いのか?混んでるのか?

156Mb  600X300 で貼り付け。

どうすればスムースに観えるか、紅鱒ちゃん教えて!!

この地方、伊具郡は昔から相馬と伊達の争いが絶えなかった。
地勢学的には伊達の方かと思うが、この金山に相馬が城を築き支配が始まった。
そしてここをめぐって何回も伊達ー相馬の合戦が繰り広げられる。

幼い政宗公も天正九年(1581年)にこの地で初陣を果たす。1567年の生まれだから14歳? 

そして、三年後にはついに伊達の領土となり、中島氏に託す。
中島氏は、代々ここの領主として支配する。

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城山にいたる地は家臣の武家屋敷 
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本丸跡
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