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新津を出た列車の終点は新発田。 戦国時代、謙信公の後を継いだ景勝公に反旗を掲げた『新発田重家』の築城。 結局新発田氏は景勝公により平定され滅亡した。 その後は上杉の会津転封により新たに入った溝口秀勝の新発田藩六万石の城下町として発展する。 明治初期の廃城令により取り壊されたが、平成になり復元された。 隅櫓 表門 二の丸隅櫓 三階櫓 |
新潟県.
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会津若松駅を出発した列車は昨日と同じルートで喜多方、山都を抜け新潟に向かう。 モノトーンな渓谷ルート。 よく表現すれば幽玄の世界。宋時代の墨絵のよう。 この雰囲気を味わいたくてわざわざ冬の磐越西線に乗ったのだから。 見渡すとあちこちに同じような鉄ちゃんがいる。 姿がまさにその通り。時刻表を時々見ている。 新潟に入ってほどなく15分ほどの長い停車。すると乗客のほとんどは外に出てきて列車の写真、駅名の写真、駅舎の写真などを撮るではないか。 小生は売店でもあればと降りたがあるわけない。駅前にはよろずやすらない。 いかにもそれにふさわしい雰囲気の村だ。 |
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南北朝の昔、一羽の鷹が舞い降り傷ついた羽を休めたという薬湯・松之山温泉。 日本三大薬湯とは、草津、有馬とここ松之山とか。 前2者はあまりにも有名だが、ここはどうかな? 正直ほくほく線沿線を見ていて発見したぐらい。新潟の温泉と言えば越後湯沢などの上越線沿線を思い浮かべてしまう。 実際訪れて見て、すっかり気に入ってしまった。 山沿いの景色もすばらしい。 棚田がきれいに見えるはずだ。 ほくほく線のまつだい駅 道の駅でもある。 鷹の湯のいわれ |
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高田は上越市の中心だけあってしっかりした商店街がある。 多少シャッターの下りたところもないわけではないがそれなりの賑わいを見せている。 素敵な散歩道 師団長の官舎 高田駅 古い町並み 酒屋さん 店内に土蔵が。 素敵な店内 |
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新潟県上越市は、大合併で人口20万人強、面積も広く名前の通り上越の中心だ。 中核はこの高田地区と直江津・春日山地区だが高田は城下町として有名だ。 その高田城は、徳川家康の六男松平忠輝のために、舅の伊達政宗が設計、監督して建てたもの。 しかし、ほどなくして忠輝は改易されてしまう。 家康の息子の中では忠輝はひどく冷遇されてきたが、政宗の後ろ盾もありようやく大阪夏の陣に参陣かなうも粗野な振る舞いなどで家康の勘気をこうむることになる。 真意は、あまりにも才気溢れ秀忠を越すのではとの恐れとか伊達政宗の謀略の道具にされるのを避けるためとかキリシタンとかいろいろ言われているが。 この高田城の象徴は三重櫓。 |



