福島県須賀川市・白河市

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白河駅から市役所を目指し、裏を流れる谷津田川沿いに整備されたせせらぎ通りを新白河駅に向かい進む。

古い城下町の落ち着いた雰囲気。


白河駅 
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関川寺
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復元水車
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新白河駅
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白河はだるまの産地
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白河小峰城

白河は初めて訪れる地。

奥の細道の空白地として『白河の関』があるのでいずれかならず行かなければならないところであったが、この日は滞在二時間の予定で、城を訪れた。場所

白河藩十万石の城下町の象徴たる城は『小峰城』と称された。
関東とみちのくの境にある白河は地勢上も要衝の地。
幕府にとってここを抑えるため、譜代の大名を置いた。
かの有名な松平定信もここの大名。

城は丹羽長重が江戸時代初期に改築。
しかし、戊辰戦争で会津を攻める政府軍の猛攻にあい焼失。
平成三年復元された。木造。

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福島県須賀川市は、郡山と白河に挟まれた町だが、古くからの宿場町。
人口は八万人を超えなかなかの中核都市だ。

芭蕉の旅も部分部分を追っているが下野の北部から白河の関を越えたあたりはまだ全くの空白区になっていた。

今回、白河の関を超えほっとした芭蕉一行が8日間という長期滞在したここ須賀川を散策した。


(以下 奥の細道の該当部分抜粋)

  すか川の駅に等窮といふものを尋て、四、五日とゞめらる

相楽等窮さんは今で言う市長さん。商売を営んで江戸にも行き俳諧に理解のあった方。当然芭蕉とは旧知の間柄であったろう。

そして須賀川で詠んだ句
 
   風流の初やおくの田植うた  

「おく」とは奥、すなわち陸奥(みちのく)のこと。

  此宿の傍に、大きなる栗の木陰をたのみて、世をいとふ僧有


隠棲した可伸という僧。
西行法師や行基上人に思いを馳せ、

   世の人の見付ぬ花や軒の栗

ひっそりと暮らしている僧のいおりの軒には栗の花が人目につかず咲いている。

須賀川駅
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市役所前の彫刻と芭蕉記念館
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芭蕉記念館
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内部の襖絵
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牡丹の襖絵 須賀川は牡丹園が有名
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可伸庵跡
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軒の栗 碑
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十念寺
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芭蕉句碑 風流の初やおくの田植うた
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長松院 
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神炊館神社(諏訪明神)
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釈迦堂川
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