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大津波が来たときはこの寺の裏山が避難場所に指定されている。
矢印とあと何メートルの標識がいたるところに見える。
その長音寺に行ってみた。
ぼけ除け観音だと。多少ご利益をもらった方がいいと昨今感じてきているので連れと一緒にじっくり拝んできた。
観音様のお姿は表からでは認められなかったが、本堂内の厨子に安座されているのだろう。
縁起のなかに触れてあった不老山
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宮城県東松島市
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嵯峨渓遊覧はまだ続く。
ライオン?
日本地図? 四国、九州はなし。
襖絵?
かえるさん?
反対の野蒜海岸のほうではマリンスポーツ。
雄大な野蒜海岸
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東北随一の観光地といえば天下の名勝『松島』であり、宮島、天橋立とともに 「日本三景」といわれている。
その松島観光にすっかり飽きてそれ以上の景観を求める御仁にはここ奥松島をお奨めしたい。 宮戸島の大高森からの景観に感激した後は、鄙びた漁村の民宿で豪華な料理に舌鼓を打つのがいい。
そして何より奥松島観光の目玉は嵯峨渓遊覧。
松島からも観光船が出てはいるが、もっと近くでもっと繊細な海蝕美を堪能したいなら嵯峨渓遊覧ボートに是非乗って間近で見てくれ。
ちなみに「日本三渓」は、嵯峨 渓(宮城県)・耶馬溪 (大分県)・猊鼻渓( 岩手県)。
どういうわけか猊鼻渓だけ見ていない。
象さん?
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野蒜海岸は弓形に弧を描く砂浜が続く気持ちのよいところ。
南の方は宮戸島すなわち有名な大高森の方。
北の方は鳴瀬川を挟んで矢本の海岸から石巻に続く。
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明治維新のあと、東北地方開拓のためここ野蒜に港を建設しようとした。
発令はかの維新の立役者大久保利通公。
構想は、野蒜に新港を築き、北上運河を開き北上川を遡れば岩手の北のほうまで届く。
東名運河を開き、松島湾につなげる。松島湾から仙台へは貞山運河と使い、さらに阿武隈川に届く。阿武隈川を遡れば遠く福島の奥まで届く。
さらには宮城ー山形の笹尾峠も整備し、最上川の水運で日本海へも通ずる。
なんと雄大にして理想的な構想かな。
しかし、着工からほどなくして台風が襲来し工事が頓挫、そのまま再開することなくこの大事業は止めることになった。
鉄道の進歩が水運開拓の必要性をなくしたのだった。
その夢の跡がここにあった。
川の右岸には資料館が。大回りして鳴瀬大橋を渡り、浜市というところには記念碑があった。
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