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東北本線の駅で宮城県と岩手県の堺は?と問われればそれは『石越でしょう。』と答えてきた。
理由は『小さなたび』の周遊区間の北限が石越ゆえ。
それが金成を歩いて有壁も金成町の一部であったと理解して、ちょっと驚き地図で確認したところなんと石越を出た列車は岩手県に入るが、また有壁駅の手前で宮城県に入り、一関で岩手県になる。
なるほどね。知らなかったよ。
その有壁駅から程ないところに奥州街道の宿場として以北の松前、八戸、盛岡、一関の大名たちの宿泊した本陣が今でも立派な建物として存在している。
地元の酒蔵はこの澤の泉
伊豆沼の白鳥がプリントされている
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宮城県栗原市
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岩ヶ崎にあるこの町の郷土館はなかなか興味深い展示をしていた。
まずは、この地区のまつり『くりこま山車まつり』の展示。新庄や八戸のまつりの山車みたい。こういうのが十台ほど繰り出されるとか。
くりでん関係。くりはら田園鉄道の貴重な資料の数々。
後藤伍長の話。八甲田の遭難の時、助けを求めに一人急ぐも先に行けず、しかし死んでも目印になろうと立ち尽くした軍人。この地の出身だったのだと。半死の状態で発見されるも凍傷で手足を失う。その義足などが展示されていた。
九戸政実関係。この地で戦国最後の一徹武将が首を取られたのだと。『九戸政実の首級清めの池』がある。帰りのバスの中からちらりと見た。
二戸からこの地まで護送され処刑されたのだ。
この武将は反骨精神に溢れ秀吉の理不尽な強圧に抵抗した最後の武将。
そして、昭和レトロの数々。なんかこんな茶の間が国分町の『半兵衛』にあった。
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