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場所
一昨年平泉の一帯が世界遺産に登録申請し結果は待てとなったが、その時この遺跡も範囲の一部になっていた。
待ての理由は解かりづらいということ。
確かに中尊寺や毛越寺の建造物はいいとしても、柳之御所遺跡や観自在王院跡などわざわざ寄り道する人など日本人でも少ないのでは?
毛越寺の庭園に美を感じるのは日本人ぐらいかも。
ましてはそのわかりにくい価値の最たるのがここ骨寺村荘園だろう。
理由はこれこそ簡単。予備知識ない人には単なる田園風景。田舎。
しかし、なぜここを世界遺産の範囲に入れようとしたのか。
それは、ここの田んぼの細部まで中世平安の時の姿がそのまま残っているということ。
口の悪い人にはここが田んぼ以外発展するものが無かったのでは?と言うでしょう。
その通りかもしれないが、荘園の歴史を研究していた大学の先生がこのことを世に知らしめて以来この地区はじめ多くの関係者はその保存に努めてきた。
その努力は並みのものではない。
機械化時代の農業の時代に今でも手作業になっているとか建物などもいろいろ制約を受けているとかご苦労が多い。ただ田植え、稲刈りなどの時には多くのボランティアが馳せ参じるとのこと。
学術的な価値以上に、失われていく日本の原風景を今でも中世当時のまま残しているということに感銘を受ける。
次の世界遺産登録にはここははずされた。
もし今やり直しするならコンクリートを使わずに自然の土手に見せる技術はいくらでもある。
ご案内いただいたボランティアの方に本当に感謝する次第。
懇切丁寧な説明、深い歴史の知識とそこに流れる郷土愛。
もうとっくに現役リタイアされておられるのにお元気そのもの。
一時間を越える散策にお付き合いいただいた。
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岩手県一関市
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千厩、呼び方は「せんまや」。 一関市東部に位置す。 かの八幡太郎源義家が、蝦夷征伐の際、この地に馬を千匹集めたことから地名となった由。 大船渡線で、細浦から乗車し陸前高田、気仙沼と過ぎちょうど昼飯時にこの地に下車。 次の列車は一時間後。 田舎の蕎麦屋に行きたいな。 駅前には全く食い物屋らしきとこなし。 もう少し行くとあった。いかにも田舎の蕎麦屋が。 中に入り呼びかけるも何の音沙汰なし。台所で釜の湯気が見えるのだが。 まるで、SFの町に行ったようだ。 JR千厩駅 夫婦石 弥栄神社 もう一度夫婦石 |
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平泉から厳美渓への県道ぞいにある達谷窟毘沙門堂 、その途中のものを紹介するのを忘れていた。 遅ればせながらアップします。 |
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ここは、天台宗の達谷西光寺という。 立派な金堂も近年再建された。 |
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達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)に行った。 平泉毛越寺から6kmぐらいか。 道は、一本道の厳美渓への県道。 最初写真で見たときは、なんだこの作りは?と目を見張った。 岩の中から半分突き出た印象の建物だ。 歴史は、西暦801年、征夷大将軍 坂上田村麻呂が、蝦夷征伐に大勝利したことを毘沙門天のご加護かと感じ入り、毘沙門堂を建て毘沙門天を祀ったとのこと。 実際、目の当たりにし、異様な建物に圧倒された。 |




