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蘇民袋のあちこちを持った裸衆の一団は、あっち、こっちもみ合いながら国道に出て、その先数百メートル先のガードレールが切れるところまで行く。 そして、なんと集団ごと雪の積もる崖を転げ落ち、最終的に首のところを持ったものが勝者となるのだ。 なんとも言いようのないこの奇祭。 執念の塊、ものすごいエネルギー、 見るほうにはこれだけの執念が無い。空もすっかり明るくなった。帰るほうに気がとられるのが傍観者の気持ちか。 |
岩手県奥州市
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柴燈木(ひたき)は十分に燃え、時刻は5時になろうとする。 いよいよこの神事の最大の見せ場である『蘇民袋争奪戦』が始まる。 本堂に集団が入る。どうも、例の蘇民袋が抱きかかえられているようだ。 主役の裸衆のほかこの神事を一目見ようとの多くの観客、写真家などが密集して本堂は立錐の余地なし。 両サイドの特等観覧席は報道陣で満員。 正面の壁には20人以上の裸衆がぶらさがりなにやら気勢を上げたり指さしたり。 もみくちゃにされながら、向こうの方で木片が空中に舞うのが見えた。その後何がどうなっているのかさっぱりわからない。壁に張り付いた男衆たちが騒いでいる。 そのうち大きなうねりがきて押されまるで満員電車の中で急停車になったときのような危険すら感じる。 どのくらい時間がたったろうか。 蘇民袋の中の木片は『小間木』といって、疫病の護符。これを持つと大変なご利益があるというのだ。 それ以上に男衆たちが争奪戦を繰り広げたのはその護符を入れていた麻の袋。 大勢で周りを取り囲み奪い合いを繰り広げる。袋の首のところを持ったものが取り主になるが、終わるまでの2時間、ずっと離さない。糸くずでももらおうと周りを裸衆が取り囲み何か異様な集団が右に動き左に動き、ようやく本堂の外に出て行った。 決着はまだまだ先。 |
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蘇民祭の次のイベントは柴燈木登り(ひたきのぼり)。 初めての訪問にてどんな風に進行するのかまるでわからないが、人々が取り囲んでいる本堂前の広場で何かが始まるのだ。 そこには二つ割の生松木が3メートルの高さにきちんと積み重ねられている。 しばらくすると始まった。 松木のあちこちに火がつけられ、生木をいぶるもうもうたる煙が立ち込める。 その積み重ねられた上に裸の男衆たちが乱舞する。 火の粉を浴びて身を清めると言う儀式とのこと。 何時になっているのか既に日が変わっているのか、もうもうとした煙の中に裸の男衆たちが次から次へと入れ替わり火の粉を浴びる姿は、先ほどの身を切る冷水の水垢離をやったとは思えない。 恍惚感に酔いしれているようだ。 いったいこの祭り、否、儀式?何なんだ。この流儀でなんと1千年の以上前から延々と続けられているのだ。
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東北の奇祭中の奇祭がこの黒石寺の蘇民祭。 何年か前にこのまつりのポスターがJRから拒否されるというニュースが全国メディアに取上げられ俄然知れ渡ることになった。 一度は行きたいと思うも、開催日は旧正月の最初の七日めの日の深夜。今年はラッキーにも土曜日の夜となった。 定刻は20日(土)の22時。 最初の行事は裸参り。川に入り水垢離して本堂、妙見堂を三巡する。 声が聞こえてきた。無数の角燈が揺れ動く。先頭は市長だ。 水垢離の場所は周りをびっしりとアマチュアカメラマンが取り囲みあたかもスターの登場を待つが如し。
始まるとまばゆいくらいのフラッシュの雨。 祈願者、厄年の男たちが身を切るような冷たい川に入り水垢離する。 『じゃっそー、じょやさ』の掛け声を発し、自らに気合を入れる。 水を頭からかぶる時願い事を発する『五穀豊穣、無病息災・・・』 |
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先日遠野方面に行く用事があり、水沢江刺駅で下車のところ、かの有名な蘇民祭のポスターが目に触れた。 昨年、JRがポスター掲示を断ったということで一躍全国的ニュースとなり当日はマスコミ200社が押しかけるほどの大騒ぎとなったことまだ記憶の新しいところだ。 たまたま、駅舎内では過去の蘇民祭のポスター展もやっていて、かの有名な傑作も改めて見ることが出来た。 隔年ごとに動と静、十二神将の彫像と祭りのクライマックスシーンを入れ替えるのだと。 今年は静の方。雪がしんしんと降り続く本堂の写真。仏像ではなかったが。 どの年も見事なできばえだ。 十二神将のは厳しく力強い神将のお顔を見事に写している。 男たちの必至の形相の躍動的な写真はどれも見事だ。 この祭りをもし直接見たことのある方ならこのポスター論議が全くの筋違いであることが理解できようと思う。 二月一日(日) 夜十時から翌早暁までとか。クライマックスの蘇民袋の争奪戦は午前五時。 新幹線水沢江刺駅 今年のポスター 昨年のポスター |
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