原典聖書研究

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消極思考の勧め

消極思考の勧め  創世記3章6節 

今日は創世記の3章を読みました。幾度も読んだ箇所ですが実に面白い聖書箇所です。有名なエデンの園でのエバとアダムが禁断の木の実を食べる箇所ですが、実に様々なことが明確に記されています。その中から今日は1カ所だけをご紹介する事にしましょう。上記の6節です。何時ものように以下に直訳を記します。

創世記3章6節 ヘブル語原典直訳 

06 ・ そして彼女が見た その 女 として 善 その木 に 食物 そして として 欲望彼 に その目ら そして 願わされる その木 に 分別させる事の そして 彼女は取った から 結実彼 そして彼女は食べた そして 彼女は与えた さらに に男彼女 共に 彼女 そして 彼は食べた

創世記3章6節 70人訳ギリシャ語聖書原典

06 ・ そして 彼が見た その 女が それは 良いを その 木を 中へ 食物 そして それは 喜ばれるを その 目らに 見ること そして 時機を得た 彼が存在し続けている その 下に知る事、そして取ったは その 実 彼の 彼は食べた。そして 彼は与えた そして その 男に 彼女の 共に 彼女、 そして 彼は食べた。

それぞれ翻訳にしてみます。

創世記3章6節 ヘブル語からの翻訳(意訳)

そう言われた女が見るとそれは食物には良い木でした。目で見ると喜びが沸いてきました。そしてその木によって分別出来るようになることを切望させられたのです。そして、彼女はその木の実をとって食べました。それだけではなく一緒にいた彼女の男にも与えたので彼も食べたのです。

創世記3章6節 70人訳ギリシャ語翻訳(意訳)

そして、その女はその木が良いのを見た。食物にも、また見れば見るほど目には喜びが沸いてきます。なるほどその木には完全な知識が備わっている様に思えたのです。女は手にもいだ木の実を食べました。そして女墓の所と共にいた彼女の男に与えたので彼は食べたのです。

  興味深いのは、この女には神様の言われた「善悪の木の実」の善の方だけが見えたと言うことなのです。確かにそれは一面の真実であったのです。問題はそのもう一面の「悪」が認識されなかった事にあります。最近のマスコミを始め、教育や司法、行政等世界の全てのあらゆる場面で此れと全く同じ思考形態か蔓延しているのではないでしょうか。

  特に、キリスト教会に置いてその傾向は顕著で在るように思うのです。そう、いわゆる積極的思考方の弊害です。物事には必ず「良い面」と「悪い面」が存在するのに、良い面丈を見て、悪い面を見ないと一体どうなるのかよくよく考えてから行動する事が大切であると思うのです。

 批判的、消極的、ネガテイブ等と言う烙印を押されるのを恐れて言うべきことも言えずに沈黙を自己に強いている人があまりに多いように思うのです。 

 このような肯定的思考方ばかりをしているといつか恐ろしい結果を招くことに気がつかなければ成りません。私が経験した恐ろしい肯定的思考方の問題を今日は最後にご紹介したいと思います。

  私の属するさる教団の近隣の教会の親睦の為の信徒向け合同修養会でのお話です。修養会の自由時間に近くの「湯ートピア」とかナントカ言う多様な温泉場をさらにアッピールして紹介しようと言うお話になったのです。

実は私たち家族は一足早く到着してそこへ行て来たばかりだったのです。そして、その中の在る湯船でとんでいない酷い目にあったのでした。そう薄暗い屋根のついた露天風呂の湯殿の中に幼い子供達とつかっていたときでした。ふと自分の回りの濁った湯を見ると何か白く細長い紐の様なものが沢山目に入ったのです。長いものは10僂阿蕕ぁ太さは1ミリ程度、屋根で暗かったので手ですくって明るい所に持って行ったのです。驚きました。手のひらにすくったのは何十匹と言う線虫だったのです。驚いて子供達を大きな湯殿から引きずり出しました。

そして家内にもそれを見せて、あわてて奇麗なシャワーを捜して頭も足もごしごしと洗いました。そして高いお金を払ったとその温泉場から更衣室へ行き逃げ帰ったのでした。

  保健所は一体何をしているのか?と思いました。この事をこの施設の管理者に言うべきか、あるいは.....と様々に思いましたが通報する事を止めました。法律で義務づけられている公衆浴場の決まりは厳しく検査されており、毎日湯船の水は全量入れ換えが決まりです。こんな酷い違法状態に何故?と思うと、その施設を設置運営管理している行政、さらにその監督官庁、またその施設の職員(当然公務員)たち全体の癒着か腐敗の構造的問題があることを思うと、こんな田舎で下手な事を言うと何が起きるかわからないと思い早々に引き上げて放置する事に決めたのです。

  その翌日にこの修養会がありその「湯ートピア」と言う施設がメインのお勧めコースとして参加者の家族連れの為に案内が成されていたのです。私がそれを知ったのは二日目の自由時間直前の牧師達の会合でした。まだ間に合うと思いあわてて昨日の一件をお話ししました。

すると一体どうなったでしょう? そこには修養会に参加した10数教会の牧師とその婦人達がいたのです。一瞬の沈黙の後、なんと! とんでもない発言があったのです。

「折角の修養会の雰囲気を悪くするから、その事は皆に話さないようにしてください。」と言ったのです。そして、誰一人その発言に異議を唱える人はありませんでした。

  私は思いました。万が一幼児があのような不潔な湯船で在の厖大な線虫が怪我や傷等から体内に入り、増殖して将来恐ろしい病気に発展する様な事が起きたら一体その責任をどう考えるのか。と思いました。そしてこのような発言とそれに同意した全員の牧師達に大変怒りを覚え、腹が立ちました。その牧師は教会成長やカウンセリングに積極的思考方などという非聖書的な運動に大層熱心で、信者さんも収入も多い方でしたがそれ以来疎遠にさせて頂くことに決めました。

  私は思うのです。教会員の家庭や幼い子供達の健康を犠牲にしてまで成長することが必要な教会とはなんだろうかと疑問を覚えた次第です。勿論私の教会から参加していた数組の家族には全員に個別にその「湯ートピア」の状況を知らせました。

  冒頭の言葉のように物事の良い面ばかりに目を取られていてはとんでもない間違った判断をくだし、その様な判断を繰り返すと将来とんでもない大きな災いを被る結果になると思うのです。

  今日は、物事の良い面だけを見るのは大変危険であると言うお話でした。

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