原典聖書研究

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JEDP文書資料説

 文書資料説なんてい古めかしい言葉は最近めっきり見られなくなりました。一世を風靡したこの仮説ですが未だにこんな物を後生大事に信奉している御仁もおありとききます。今日は、この学説について簡単にお話してみたいと思います。
 ユリウスベルハウゼンと言うドイツの旧約聖書学者が同国人のヘーゲルが案出した哲学に感化されて創出した旧約聖書生い立ちに関する想像上の仮説です。

 このベルハウゼンと言う人は創世記の神名に使われているヤハウエ(当時はエホバと呼んだのでJ資料)と言う言葉やエロヒムという神名(E資料)と言う2つの神名は創世記の元になった異なる資料の名残りだと言う思いつきの仮説に基づいて旧約聖書の編集過程を解明しようとしたのです。

 この仮説は後に申命記資料(D)と祭司資料(P)を加えて一般にJEDP文書資料説と呼ばれています。従来の保守的な見解の立場からは「破壊的聖書批評学」として前世紀前半に随分と派手な議論が展開されました。
  この文書資料説が広く旧約聖書の研究者に支持され大勢を占めるに至るのです。その理由は明解です。20世紀初頭において新約聖書の写本は一世紀後半のもの(ムラトリ断片)等多数発見され年代も確定していたのです。しかし、旧約聖書の一番古い写本は新約聖書の写本よりも千年も新しいキリスト紀元1100年頃の物しか存在しなかったのです。それゆえに新約聖書が先に書かれ、それに合わせて後代に旧約聖書が創作されたのだと言われると当時の学術資料を駆使しても否定が出来なかったのです。

古い写本が残らない理由ですがそれは以下の理由によります。マソラの書記(ユダヤ正統派の聖書=律法学者の子孫)たちは羊皮紙に筆写された古い写本を新しい物に書き写すとその新旧の巻物の文字数をカウント(へブル語セフエル=数える=書記と訳される)し新旧の文字数が完全に一致すると古い巻物を焼却処分していたので古代の写本は残っていなかったのです。

  しかし、文書資料説の信奉者はその様なユダヤの伝統に無知で知っても無視して自説を掲げたのです。そして、この文書資料説が世界の旧約聖書学会を席巻し、その最盛期に突然一連の巻物が死海のクムランの洞窟で発見されたのです。

 それは第二次世界大戦が収束し、パレスチナに平和が訪れ折しもユダヤ民族の悲願であった祖国イスラエルが2千年の空白をへて聖地パレスチナに建国されたその時だったのです。
 1948年(発見は1947年の早春)のことでした。そして、この中にはほぼ完全な形の旧約聖書が含まれその筆写年代は紀元前3〜4世紀と結論されたのです。

JEDP文書資料説に酔っていた多くの聖書学者達は一斉に沈黙しました。なにしろ今まで一番古かった旧約聖書の写本よりも1500年以上も前の物が突然登場し、しかもその年代が確定してしまったのです。第一、第二、第三イザヤ等と派手に議論されていたイザヤ書も完全な形でしかも第一イザヤの時代に、それよりも遙に後代としていた第二、第三、イザヤもそこに含まれていたのです。そして、モーセ五書もほぼ完全な形で発見されてしまったのです。

  しかし、それから60年を経た今日に至っても、死海写本の全容は公にされていません。多くの理由があるのですが最大の物は、これを進めているのがスポンサーとなっているバチカンにとって不都合極まりない文書が厖大な分量含まれている為だとされています。何しろ、死海写本を擁していたクムラン教団がローマ軍によって滅亡させられたのですからローマ帝国やその当時の1世紀の世界のキリスト教会の勢力図を明示する多くの古文書がその中に含まれていたのです。

  それゆえ、バチカンは今まで公表していた歴史上のバチカンのプロパガンダ(初代教会時代からローマは世界の教会の首位性を保っている等という一連のフエイクです。)が霧散することをおそれて公表を無期延期にしてしまったのです。何しろこの研究を実際に取り仕切っているのは1892年に教皇レオ13世によって創設されたエルサレムの聖書学院に設けられた「国際チーム」言われる研究者達なのです。しかしそれは表向きの顔で実際にはバチカンの教皇庁聖書委員会の傀儡御用学者集団であったのです。

  それゆえに今日にいたるまでJEDP文書資料説は生殺しの状態で死ぬ事も出来ず、かと言ってこれを公に掲げる専門の旧約学者もいないわけなのです。しかし、今日にもこんな死に体の文書資料節の亡霊が横行するのは次の理由によります。問題は、全くその様な事情を知らない門外漢の人々が、特に新約学や組織神学などの旧約聖書に関して専門知識をもたない方々が、まさかそんな事になっているとは露知らず。このJEDP文書資料説を振りかざして無知をさらけ出しているのが現状なのです。

  さて、以上でこの仮説の現在の状態ナノですが、以下にその学説のその他の問題点を上げておく事にします。 

 JEDP文書資料説も最近は混迷の限りを尽くしとうとう、構造解析とかパソコンを使った聖書の分解作業が講じてすっかり統一性を失ってしまっています。その結果今では学説がバラバラに散開、錯綜し、もはや定説は何一つありません。しかし、未だにこの仮説を真実と思っている専門外の人も多いので困りものです。

 このJEDP学(仮)説の根拠の最大の物は次の事です。

ドイツヘーゲル哲学的社会学進化論に乗っ取り「最初は簡単な聖霊崇拝がやがて中央集権的祭祀宗教となり、その権力の座に最終的に大祭司が登場し壮大な神殿が建設された」その段階になって初めて教典が必要とされ歴史が捏造されたという想像上の仮説が発展してJEDP文書資料説と成りました。

  
 JEDP文書資料説の最も顕著な問題箇所は、捏造された証拠として取り上げられている、初期の祭儀や宗教形態にあります。当然全ての祭司資料や祭儀に関する聖書の記録には信憑性が無いというのです。だから中央集権祭司集団によってフエイクされた幕屋などという古代祭祀神殿は架空の物で実在しなかったとされたものです。それゆえに幕屋は実際に建設は不可能で構造も矛盾だらけのでたらめである。と言う物でした。

 じつは、この中央集権祭司の文書資料集のP(祭司典)の最たる捏造の証拠とされる「幕屋」に関する事が実は私の最も専門とする所です。何故こんな物を好き好んで研究したかというと、「幕屋の構造が制作不可能な非現実的記述である」というので実際に原典を調べてみて作れるか作れないかを検討してみました。もし嘘なら必ずどこかに矛盾や不合理が出て来て真偽の程は自明になると思ったからです。その研究結果は意外な物でした。事細かな計算の結果ピタリと寸法や重量構造は驚くほど厳密でその上実に正確でした。詳細は以下のリンクをご覧ください。JEDP文書資料説の最大の論拠であるP祭司資料に関する主張を見た限り、文書資料説の主張は私の確認した限り只の妄想でしかありません。

幕屋の構造の論文に関しては下のリンク先か「幕屋の構造」と検索して概要をご覧ください。。


 さてもう一方の文書資料節を真っ向から否定しているコンサバテイブ(保守派)の主張にも、確かに問題(弱点)があります。それはどうして3,500年前の部分と2,300年前のマラキ書などが1,200年の時代差が在るのにほぼ同じ文法(正確には語法)で記されているのか?と言う事がどうしても説明出来ません。 実際に旧約聖書はほぼ同じ文法で記されています。おかしいですね、「言葉や文章は必ず時代によって大幅に変化します。その解決に、バビロン捕囚から帰還した律法学者のエズラが同一の文法に成形して写本を纏めたと言う人も居ます。


  しかし、私はそれにも疑問を感じます。なぜなら翻訳されている旧約聖書は上手にそして見事に翻訳されていますが、実際に自分で原典をあたると、不思議に思ええる程、原意不明の単語が続出しています。正確にカウントした分けではありませんが、意味不明の単語、特に相当古そうな、アッカド語やセム語に類似する言葉ですが、全く意味の分からない単語が1割以上あります。もしかしたら15%ぐらい存在しるでしょう。それは厖大な数です。もしエズラが編纂したならどうしてこれらの古めかしい単語を、後代の分かりやすい一般的な単語に変換しなかったのか不思議でなりません。


 まあ古代の事ですから、今の私達とはどこかで相当考えかたが違っていたのかも分かりません。例えは、著者と言う概念に関しても相当違います。古代の文書の常識ですが、著者に関しては新約聖書の全書物同様に認識する必要が有ります。分かる事ですが新約聖書には「キリストの直筆」も「使徒達の直筆」もありません。当然です。それは当時の常識です。書き物(書物や手紙)は全て口述筆記でした。書記と言う職業があって、それ以外の人間が物を書くと言う事は古代にはあり得ない事だったからです。ですからモーセや預言者や使徒の自筆原典などと言う物は初めから無いのです。


  そして、これらの文書は全て綺麗に韻を踏んだ覚えやすい物語に(ナラテイブ)になっています。原典で読めば自明ですが、音読すると実に感情が自然に移入され解釈不要です。単語を発音する音だけで、あたかも交響曲を聞く如くに、音で迫力が伝わってきます。やはり相当コトダマの超弩迫力な人格がその音声の向こうにいて、その脈動が音声を聞く物にのりうつってくるのです。

  聖書を読む音声には何処を読んでも本当に圧倒されます。しかし、翻訳してしまうと実にくだらない(すみませんこんな言い方で)意味不明の文書(もんじょ)に変化してしまいます。おそらく原典の音声に表される、この名文なら、ネイテイブのヘブル人なら大抵簡単に暗記出来るでしょう。しかも相当量を。「ユダヤ教のラビが3人寄ればその暗記している記憶で全聖書を正確に復元出来る」と言う主張を聞いた事が有りますが当然かと思います。

  その様な訳で私はモーセ五書はおそらくモーセの従者シュア(ギリシャ訳はイエス)あたりが目撃した事を口述して、書記が書いたと推測しています。モーセ五書の殆どの部分を。その論拠ですが、目撃者でなければ書き得なかった事実が沢山聖書に記されているからです。それは先に述べた出エジプト記に記された移動式神殿の幕屋の記述です。確かにこの「幕屋」難解な記述が多くいのですが、実際に幕屋の実物を見た物でなければ書き得ない正確で緻密な表現が随所に見られるからです。そして70人訳の翻訳も忠実にそれらをギリシャ語に見事に訳出しています。

  結論ですが、私は手元にある聖書原典を読んだ素朴な感じとして、誰がそれを記したかは私が見た訳ではありませんが、こんな言葉を記した人物は並の凡人ではなく卓越した相当の奥深い学識と威厳を如実に顕示する人物が聖書を記したのであると、ひしひしと実感します。

以下は参考リンクです

http://bible.co.jp/tabernacle/

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これは面白かった でも今でもベルハウゼンの学説は客観的真理だと信じているけれど 専門家の学説でもそうだったけど

2006/9/26(火) 午前 8:42 [ 山崎 浩 ] 返信する

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私も文書資料説に説得性を感じている古い人間の一人です。近年どう受け止められているのか、その後の変遷について是非知りたいと思っています。それで大変関心をもって読ませていただきました。

これだけ確信をもって書いておられるのですから、是非本名を名乗っていただけたら、と思いました。 大阪、高槻 沼野治郎

2014/6/17(火) 午後 4:21 [ nar*i*t920*6 ] 返信する

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nar*i*t920*6 さま是非一番下のリンク先をご覧下さいね!!

2014/6/17(火) 午後 9:39 [ 油食林間 ] 返信する

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はい、この記事末尾のbible.co.jp/tabernacle を訪ねて分かりました。「驚嘆」の一言です。

2014/6/18(水) 午後 5:49 [ nar*i*t920*6 ] 返信する

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nar*i*t920*6 様

ご笑覧戴いたようですね。 後数年後ですが聖書全巻の直訳も完成予定です。 良ければこちらもご笑覧下さい。(コピーしてブランザーのアドレスパーに入れるか、そのまま検索欄に貼り付けてご覧下さい。
http://bible.ne.jp/
http://bible.co.jp/bible/

2014/6/18(水) 午後 8:08 [ 油食林間 ] 返信する

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