原典聖書研究

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信仰義勘定

信仰義勘定 創世記14章6節

今日は創世記の14章と15章を読みました。いくつか大切な箇所が在りましたがその中でも一番有名な箇所を今日はご紹介しましょう。さっそく直訳です。 

創世記15章6節ヘブル語原典直訳  
06 ・そして彼は信頼した 中で ヤハウエ そして 彼は技巧(勘定)した彼女 に彼 義

創世記15章6節70人訳ギリシャ語原典直訳 
06 ・そして 彼は信頼した アブラム その 神に、 そして 彼は勘定された 彼に 中へ 義。 

創世記15章6節ヘブル語原典翻訳
・そして彼らヤハウエに信頼した。彼はその信頼によって彼を義と勘定した。

創世記15章6節70人訳ギリシャ語原典翻訳
・そしてアブラハムはその神に信頼した。そして神は彼を義の中に勘定した。

どちらも全く同じ意味の言葉が注意深く用いられています。大切な事は会計用語の「勘定」と言う言葉です。ヘブル語カシヤーブ(技巧or勘定) ギリシャ語にはロギゾマイ(勘定)が使われています。とちらも本来の意味は「実際はそうではないものを、そうだと勘定する。」という意味です。

と言う事は、新約聖書で使われている「義認」言葉も同じ「ロギゾマイ=義認」ですから、新約聖書が言っている義認は旧約聖書の義認と全く同じ意味になります。

聖書が言っている救い=義認とは「正しくない人を実際は正しくないのに正しいと勘定する。」と言う意味になります。大切な点はここです。「実際は正しくないけれども、正しいとしてあげる。」という事で救われたと言っているキリスト者は相変わらず罪人で、世の中の普通の人と全く同じか、あるいはそれ以下の人にすぎないと言う事です。

と言う事は、「私は神様に正しいとされた信仰による義人です。」などと言うのはとんでもない思い上がりで、あたかも自分が正しい人間であると勘違い、そんな基本も知らないで他の人に正しい事を要求しているようなキリスト者は単なる偽善者で普通の人以下の人間であると言う事が分かるのです。

今日は、聖書が教えている極当たり前の常識以前の基本のお話でした。

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