原典聖書研究

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死の連鎖

死の連鎖  創世記35章19節 

昨日はヤコブの一族がパレスチナの中心城塞都市シケムをデイナ強姦の報復として襲撃し全ての男子を殺戮し、婦女子を捕虜=奴隷にした箇所をみました。今日はその続きです。

早速中心箇所の直訳です。

創世記35章19節 ヘブル語原典直訳

19 ・ そして彼女は死んだ  ラケル そして彼女は埋葬された 中で道の エフラタ 彼女 ベス(家の) レヘム(パン)

創世記35章19節 70人訳ギリシャ語原典直訳

19 ・彼は死んだ も ラケル そして  彼は葬られた 中で その 道 エフラタ (彼女は 彼が存在し続けている ベツレヘム)。 

創世記35章19節 ヘブル語原典翻訳

19・ヤコブの妻ラケルは死に、エフラテ街道のベツレヘム(パンの家)に葬られた。

人は生き、そして皆死んで行きます。しかし、悲しいことは何時も団体でやって来るのが定めです。この直前には、ヤコブの母リベカの乳母デボラが死んでいます。(創世記35章8節) ヤコブにとって実の母の死以上に悲しい出来事であったでしょう。なぜなら双子の弟であったヤコブの実際に育ててくれたのはこの母の乳母デボラだったからです。そして、この最愛の妻ラケルの死はヤコブの生涯で最悪の出来事でした。何故ならヤコブはそのラケルの死から60年が経過して後、ラケルとの間に産まれた子のヨセフにその事を語っています。(創世記48章7節)。そして、その直後に、今度は愛する父イサクが死ぬのです。

愛する3人が次々と死んで行ってしまったのです。その時、おそらくヤコブの周囲にはシケムの町でヤコブ一族に夫や父を殺され、その挙げ句虜になり、奴隷や妾にされた女達が沢山いたことでしょう。彼らの味わった悲しみをヤコブも味あわされたことになります。

この地上には誰一人、死別の悲しみを味をあわない人間など無いのです。人はいずれ死ぬのです。
人は人が殺さなくともいずれ死に、殺した物も殺されたものと同様に死ぬ運命が待っているのです。

理不尽なこと、あり得ないことに満ちているこの地上ですが、しかし、神様は全ての人間に産まれることと死ぬことは公平に与えて下さるのです。その死が、好ましい物であるのか、また忌むべき物であるのかは個人差があります。しかし、概して地上で幸福に暮らした人間には死は忌むべきものであり、その逆に地上で不幸に暮らした人間には死が望ましいものである事を思う時に、それらを合算した、人間の一章の幸不幸は神の前にまさしく平等、公平であると言わざるを得ないのではないでしょうか。

今日は、愛する者の死の連鎖を記した聖書の箇所のご紹介でした。

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