原典聖書研究

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神の御心は悪

神の御心は悪 出エジプト記5章22節

 今日はすごい主題です。早速その箇所をご説明することにしましょう。何時もの様に聖書原典の直訳です。

旧約聖書 出エジプト記5章22節 ヘブル語原典直訳 

22 ・ そして 彼は戻った モシエ に ヤハウエ そして彼は言った 神私の に何故  あなたは悪にさした に 民 この に 何故 今 あなたは遣わした私 

旧約聖書 出エジプト記5章22節 70人訳ギリシャ語聖書原典直訳 

22 ・彼らは 上に戻った も モーセ 方に 主 そして 彼は言った 主よ 、通して 何 あなたは悪くした その 民を このを? そして 為に 何 あなたは遣わしている 私を?

翻訳にしなくとも分かり易い箇所ですがヘブル語の方の翻訳も記しておきましょう。

旧約聖書 出エジプト記5章22節 ヘブル語原典翻訳

22節 モーセはヤハウエの元に戻って彼は言った。「主よ何故あなたは悪を成した。この民に? 一体何の為に私を遣わしたのです。」

  モーセは「神様は必ずイスラエル民族にとって良いことをされる」と信じていた様ですが、事実は反対であった事を記しています。

  神様がなさったことは、エジプトの王パロから見ても、またイスラエルの民自身の判断も、さらにモーセの認識も全く同様でした。「神様が悪を成した。」という事です。しかし、それは全ての人間の目の前にであって、神様のお考えでは「それで良かった」と言う事を聖書は教えているのです。

  分かりますか! そう、聖書が言っているのは人間の全的堕落なのです。と言うことは堕落している人間には神の善は悪に見え、認識され、判断されると言うことなのです。たといモーセの眼力をもってしてもなのです。少なくともそう聖書には記されているのが今日のこの箇所の意味している事なのです。

  そればかりではありません。聖書全体が言っているのも全く同じ事なのです。 原罪に支配され、その影響から抜け出すことの出来ない人間には(勿論立派な信者と思い込んでいるキリスト者さんも含めます。)神様が悪をされていると言うのがその結論なのです。

 単純な分かりやすいお話にして説明しましょう。「人が死ぬことは善か悪かどちらですか。」勿論悪いことに決まっています。しかし、神様は間違いなく全ての人間を殺されます。そしてこの事は神様にとって当然良いことなのです。しかし、人間にはこれ以上の悪い事は存在しないのでは無いでしょうか。

  そしてこれ=全ての人間を死滅させることが神様にとって正しい事の根拠も明白です。なぜならば全ての人間は全的に堕落しきり、神様に敵対した思いと言葉と行いに明け暮れているからなのです。

  もし、神様が今までの多くの人間を殺さないで、いつまでも生きていたら、世の中がはどうなったでしょう? おそらく食料や土地を巡ってとっくに殺し合いが世界中で起きて人類は遅かれ、早かれ自滅してしまっていたことでしょう。これだけでも、人間が考えている善と神様が聖書に記しておられる「神様の善」には相当の隔たりがあることがお分かりでしょう。

  そんなわけでモーセは神様の働きを始めた最初、当然全ての人が神様のなさることを善と認識してくれると言う楽観論が間違っていることを先ず教えられなければならなかったのです。

  今日は、面白い神様と人間の善悪の逆転現象のご紹介でした。 

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