原典聖書研究

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戦闘国家

戦闘国家 出エジプト記13章18節 

 今日は出エジプト記の13章です。さて今日ご紹介するのは18節です。早速直訳を記します。

出エジプト記13章18節ヘブル語原典直訳 

18 ・ そして彼は巡らした 神ら を その 民 道の その 荒野 海の葦 そして 戦闘配備するら 彼らは登った 息子らの イスラエル から 地の エジプト

出エジプト記13章18節70人訳ギリシャ語原典直訳

18 ・ そして 彼は 彼は周りを回らせた その 神は その 民を 道を その 中へ その 荒野 中へ その 紅い 海を、 遣わしたに も 世代 彼らは登った その 息子らの イスラエル 出て 地の エジプト。

 特に翻訳する必要はないでしょう。エジプトから脱出したイスラエル人は最初から戦闘配備体制であったと聖書は記録しているのです。そして、建国以来イスラエルはこの戦闘配備体制を現在に至るまで保持しいるのです。

  そして、重要なのは聖書その物がこの戦闘配備を主目的として記されていると言うことなのです。この点に関してはきっと生かじりの聖書のご専門の方から手厳しい反論を頂きそうです。

  おそらくその様な方々は著書や教会のお説教で「聖書は愛の書、平和の書」などという教会的プロパガンダを信奉しておられることかと存じます。しかし、聖書は何処を読んでも「戦争のこと」ばかり記されていることは認めなければならない事実なのです。勿論の事として新約聖書も含めます。

  いちいちご紹介するのも面倒なぐらい聖書には戦争の事が質量共に多く記録されています。勿論、聖書が戦争を勧めていると言うのではありません。現実としてイスラエルと言う国は建国以来戦争に継ぐ戦争のなかに生き抜いてきた国家であり、今日も戦争とは何かを熟知し、そして滅法戦争には強い国家であることは万人の認める所ではないでしょうか。そして、その戦争に強い秘訣はやはり聖書にあると言うことを私は言いたいのです。

  そして、この出エジプト記の13章の18節にエジプト出立の最初からその様な戦闘配備体制が取られていたことに注目したいのです。モーセはエジプトの宮廷で育ち、帝王学を学んだ中で戦闘や戦争の指導者としての素養を身につけていました。それが証拠に彼の生涯の随所に、その片鱗が見て取れます。彼が出エジプト記の2章12節でエジプト人を撃ち殺した箇所ではナカッハと言う言葉が使われており、この言葉は武器「=おそらく剣」によって殺害した事がわかるのです。

  そして、今日のキリスト教国がいずこも軍備に大変熱心な国家であると言う現実からも、聖書が何を教えているかを見なければならないかと思います。勿論、何れのキリスト国も他国に対しては「聖書は平和を教えている」と説く宣教師を送りますが自国の安全保障に軍備の拡張を怠るような愚かな国家はありません。

 聖書が教えているのは確かに「平和が尊い」と言うことなのですがそれはそのまま「平和は現実の世界には殆ど存在しない。」と言うことであるのです。勿論「愛も」同じです。 

  と言うことで、今日は聖書に記されているイスラエルと言う国家の建国の初めから「戦闘配備」とうい国家のあり方が記されている聖書箇所のご紹介でした。

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