原典聖書研究

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二倍返し

二倍返し 出エジプト記 22章3節(邦訳4節)

 昨日は「目には目、歯には歯」と言う大変優れている聖書の永遠の原則でした。そして今日はその続きです。二倍返しなどと言うと何処の国のお話かと思いますが、ほかでも無い聖書の中に記された神様の定めです。

さっそくその事を記した聖書箇所の直訳です。

出エジプト記 22章3節(邦訳4節)ヘブル語原典直訳 

・ もし 見つけられた事 彼女が見つけられる 中でて彼 その 盗まれた(女) から去勢牛 又はロバ または 羊(群れの) 生きているら 2 彼は徹底的に完全にする

出エジプト記 22章3節(邦訳4節)70人訳ギリシャ語原典直訳 

・もし も 彼が下に取った(発見された)(為) そして 彼が探し出された(為) 中で 手に 彼の その 盗まれ物 から  も ロバの まで 羊 生きているを、二倍らを 彼らを 彼は確かにから伸ばす(or上に支払う) 

 翻訳は必要ないでしょう。物を取った人犯人が分かれば犯人は、被害者に取ったものを二倍にしてお返しすると言う大変分かりやすい聖書の規定です。

 理不尽に思われるかたがあるといけませんので、簡単に説明しておきましょう。他人の所有物を盗んだ人は単にその人の物を一つ盗んだ丈ではありません。取られた人はその人にとって必要な物が盗まれたのですから、代わりの物が手に入るまで不自由をする事になります。物によっては取り返しのつかない損失を被るでしょう。 たとえて言えば財布を盗まれた人はお金丈ではなく、財布の中に入っているお金によって行くつもりの場所に行けませんし、物を購入する機会を逸するかもしれません。ですから物を盗んだ犯人は盗んだものを返す丈ではなく、当然その犯罪によって逸失した利益をも弁済しなければならないのは当然です。

  そして、これは神様がなさることの基本原則でもあります。人間が行う本当に良い行為には報いが二倍になり、そして悪いことには刑罰が二倍になるのです。 但し、この善悪の基準は聖書の中に記された原則に基づいて成されますので、その原則を知らない人には全く理不尽な事がこの世で起きている様に見えるのです。
  
 そして、神様の二倍の報いも神様の目に良い事がお返しとなり、また神様の目に悪い事をした人には、神様から見ての呪いが二倍になってその人に与えられると言うことなのです。

  こんな事を記すと「信じられない。」と言う方が在るかと思います。その方の為にこの事を理解するヒントを提供しておきましょう。
  
 聖書の原則です。「人間の目に良いことは神の目に悪である。」とい聖書の基本原則を考慮されれば、今日の箇所の言っていることはすぐに納得出来るかと思います。

 より具体的に言っておきましょう。弱く貧しい人の無知につけ込んで暴利を貪った人には、沢山の名誉と金銭が与えられて、自分が優れた人間に思え人もそういうので、自他ともに認める善人に成りきります。その結果その人が神様の基本原則に心をとめたり、死後の裁きについて考えることが出来ないで人生を終えるのです。そして、残した財産がその人が愛した家族や子孫に争いに誘い、同時に自分は死後神の裁きの座にたたされ有罪を宣告され地獄に落ちるのです。

  と言うことで今日は「神様の基本原則、全ての善悪は二倍返しになっている」と言うお話でした。

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