原典聖書研究

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民数記最終章

民数記最終章 民数記36章9節 

今日は民数記の最後の章でした。早速直訳です。 

旧約聖書民数記 36章9節ヘブル語原典直訳  

09 ・ そして無い 彼女は周囲する 所有地 から 杖(部族) に杖(部族) 別の として 男 中で 所有地 彼らはくっつく 杖(部族)らの 息子らの イスラエル 

旧約聖書民数記 36章9節 70人訳ギリシャ語原典直訳  

09・ そして 無い 彼が確かに自分のために側で戻る 籤の でて 部族 上に 部族 他ら、 反対に 各々 中で その 籤割当地 彼の  彼らが方に膠で着けられている その 息子らは イスラエル。

旧約聖書民数記 36章9節ヘブル語原典翻訳

09・相続地が部族と部族の間を巡ってはならない。土地とイスラエルの部族の跡取り息子は接合されるのだ。

 民数記の最後が土地の部族間異動の禁止で終わっています。これは、大変重要な国家形態の原則です。何故なら以前学んだ土地の所有権譲渡の禁止という原則に加えて、その土地が血縁によって固定されると言う封建的な国家の存在が規定されているのです。 

 と言う事は、地縁血縁でがんじがらめになった固定化したしがらみの範囲内でしか生きる術が無いと言う事なのです。 

 土地を売って移住する事も出来ず、また企業も産業も起きえない社会の仕組みと言えるでしょう。と言う事はお金持ちも起きにくければ、当然貧乏人も起きにくいという事になります。人間は神様にあたえられた土地を耕して、野望や大志を抱く事も無く平々凡々に生涯を閉じる事が神様の期待されている人間の姿と言う事になります。

  そう、エデンの園で裸で暮らしていたアダムとエバの様な、お金や出世などという世俗の価値観ではなくもっと神様と我と言う信頼関係のなかで生きる事が聖書の教える人間の幸せの基本と言う事が出来るでしょう。
  イエスキリストの山上の説教にあるように、あくせく働く事やその評価と報酬に人生の意義を見い出す生き方では無く、空の鳥や野の百合を手本として神の国(=神の意志の)到来(=行われる事)を願って生きるように教えているのです。

  今日は民数記の最終章の言葉が意味している事のご紹介でした。 

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