原典聖書研究

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11日と40年

11日と40年 申命記1章2節3節

毎朝の日課にしている聖書原典通読は今日から申命記です。申命記で一番心の痛む箇所をご紹介する事にします。 早速直訳です。 

旧約聖書申命記1章2節3節ヘブル語原典直訳  

02 ・一 十 日ら から ホレブ 道の 山 セイル まで カデシュ バルネア
03 ・そして彼があった 中で 40 年 中で 1 10 月 中で 1 に月 彼は話した モーセ に 息子ら イスラエル として 全て 所の 彼が請求(命令)した ヤハウエ 彼に に 彼ら 

旧約聖書申命記1章2節3節70人訳ギリシャ語原典直訳  

02 ・1 10 日らの 中で ホレブ 道は 上に 山 セイル まで カデシ バルネー。
03 ・ そして 彼が起きさせられた 中で その 第40 年に 中生 その 1 10に 月に 一 その 月の 彼は喋った モーセ 方に 全てら 息子ら イスラエル 下に 全てら、全体は 彼が中で命じた 主 彼に 方に 彼ら。

旧約聖書申命記1章2節3節ヘブル語原典意訳

02・シナイ半島の南端のホレブ山からセイル山を経てカデシバルネアまでの300キロを行くには11日も在れば十分なのに。
03・40年もかかって私たちはシナイの荒野を彷徨う事になった。そして後一月ほどでカナンの地に攻め込むと言う冬の寒い日にモーセはヤハウエの命令をイスラエルの民に伝えた。

  本当に考えさせられます。10日もあれば踏破できる距離に40年を費やし、その間にカナンの地の先住民たちが一致団結して南部からの侵略を妨げる為に防衛戦を構築し、その結果、さらに南下してアラビヤ半島の荒野に迂回路をとって敵同盟国のエドムやモアブの領地の東端を通過し、漸くの事で防備の手薄なカナンの地の中央部の死海北端のヨルダン川渡渉地点に到達したのです。

  その、40年間に丸々一世代の64万人のイスラエル軍兵士たちは荒野で死に絶えてしまったのです。そして後一人残っているモーセも後一月の生命である事を神様から通告され、これからモーセは決別の説教=申命記をイスラエルの民に語ったのです。

  おそらくこれをモーセの側近として聞いたヨシュアによって書記担当レビ人が口述筆記して後代に伝えられたのがこの申命記です。そしてこの直前に同様にしてモーセの口述筆記によって創世記も記録されました。

  「何故、そんな事が分かるのか?」と言われる方があるかも知れませんので、そのわけを説明しておきます。原文で申命記と創世記を読み比べてみるとそう分かります。申命記に使われている言葉と創世記に使われている用語に重複が見られるのです。詳細に用語を分析したわけではありませんが読んでいて稀に登場する単語を見ると、他のモーセ語った事の記録である出エジプト記やレビ記、民数記などとはあまりお目にかからないのに創世記ではよく見かけたと言う点から、単純に創世記と申命記は殆ど時間をおかずして記されていると言う事なのです。 

  今日は、読む度に大変心の痛む11日と40年の放浪を記した悲しい記録のご紹介でした。

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