原典聖書研究

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神に喧嘩腰

神に喧嘩腰 申命記9章24節

今日は聖書らしい表現の箇所に出会いました。早速直訳です。

旧約聖書ヘブル語原典 申命記9章24節 直訳

24 ・喧嘩腰さしたら あなた方は存在した 共に ヤハウエ から日の 知る事私 を あなた方 

旧約聖書70人訳ギリシャ語原典 申命記9章24節 直訳

24 ・不服従しているらは 尚  あなた方は存在していた その 方に 主 から その 日ら、する所らの 彼が知られていた(ヘブル語=知っている事私 ) あなた方に。

旧約聖書ヘブル語原典 申命記9章24節 意訳

24・あなた方(イスラエルの会衆)は、私(モーセ)の知る限り何時でもヤハウエに喧嘩腰していた。

喧嘩腰とは穏やかではありません。神の民が常に悪意と憎悪をむき出しにして神様に敵対していた(WEBは「反逆」と積極的に訳出、以下リンク参照)と言うのです。WEB http://www.ebible.org/bible/web/Deut.htm#C10V1

9:24 You have been rebellious against Yahweh from the day that I knew you.

此の「喧嘩腰」ヘブル語=マラァハ と言う言葉はサムエル記の第気12章15節にも登場します。そうイスラエルの民が預言者サムエルを退けて王を求めた行為に対して聖書はこの喧嘩腰=反逆と言う穏やかならざる言葉を用いているのです。 また、モーセがあのメリバの水の出来事でも神様に喧嘩腰して(民数記20章10節)と記されています。

しかし、この言葉が積極的に神に喧嘩腰すると言う意味なのですが、何れの箇所も70人訳はハペイスウン=非服従と言う消極的な意味に割り引いて訳出しているのです。

そうして、このマイルドな70人訳のあり方に共感してどういう訳かかなりの翻訳は原典の言っている積極的、意図的反逆とは訳出しないように取り決めでも在るかの様に消極的な意味の「不服従」と訳しているのです。

そしてこの積極的反逆が旧約聖書だけの主張で在れば良いのですが、新約聖書も原文では新約聖書の初代教会に対して全く同様の告発をしています。勿論キリストの12弟子たちも、原典で読む限り主に逆らいぱなしなのです。

と言う事は、「今日のキリスト教会もそして全クリスチャンも神様に反逆中である。」と単純に結論して良いと言う事なのです。だから何時もキリストの十字架の贖いが必要であると言う事なのですが。

まあこんな過激な発言はここだけのナイショ話にしておいてください。というわけで今日はイスラエルの民が神様に喧嘩腰したという 聖書のラディカルな主張のご紹介でした。

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こんばんは、いつもお世話になっています。「発言はここだけのナイショ話にしておいてください」ですか。おちゃめな所を垣間見させていただきました。

2007/6/4(月) 午後 11:52 Yhoshuah 返信する

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今晩は! 何時も失礼ばかりしています。所で、確かにナイショ話にしては少し声が大きかったかな?

2007/6/5(火) 午後 11:51 [ 油食林間 ] 返信する

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