原典聖書研究

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身近な聖書

身近な聖書 申命記30章14節

今日は申命記の30節を読みました。早速一カ所ご紹介します。

申命記30章14節 ヘブル語原典直訳 

14 ・ として 近い にあなた その 言葉(ダバール) 非常に 中で口あなた そして 中で 心あなた に彼が作る

申命記30章14節 70人訳ギリシャ語原典直訳 

14 ・ 彼が存在し続けている あなたの 近くの その 言葉(レーマ) 非常に 中で その 口 あなたの そして 中で その 心 あなたの そして 中で その 手ら あなたの 彼を 行う事。

申命記30章14節 ヘブル語原典意訳

14・神様の言葉は直ぐ近く、口の中で、そして心の中で、その言葉を行う事。
  
申命記30章14節 70人訳ギリシャ語原典意訳

14・神様の喋べられた言葉はあなたの身近に何時も在る。あなたの口の中や心の中や手の中でそれを行う事。

気になるのはヘブル語のダバール(実言)が70人訳ではレーマ(喋った言葉)になっている点です。 申命記ではダバール(実言)が91回ほど使われていますが そのうち35回はロゴス(実言)になっています そし

て56回がレーマ(喋られた言葉)になっているのです。当然喋られた言葉にはムソスも含まれていて何の問題も無いのですが。一体どういう基準で70人訳の訳者はこの言葉を振り分けたのか全く不明です。 

  まあ神様が喋られた話し言葉は そのままではギリシャ語のレーマで同時にロゴスであると言うことの様です。 まあ、難しいお話はそれぐらいにして、肝心のこの聖書の箇所が言っているのは「聖書が身近に存在している。」 という事なのです。 

  そして、その目的は実行される事だと聖書が言っているのです。良く多くの方がこの点を取り違えて折られます。そう、「その事なら知っている。」と言う人が多いのです。聖書はそんなあなたが持っている聖書の知識など全く問題にしていないのです。そうどれぐらい行ったかと言う事にポイントが在るのです。

 そして結論を言っておきます。「一度として行っていな。」そして「誰も行いえないのが聖書の言葉」なのです。だからこの言葉は原典で「行え」と言う動詞の命令形にはなっていないのです。不定法になっています。そう目的なのです。言い換えると努力目標が聖書だと言う事なのです。 

  だから聖書は「守れ」「行え」と記さないで。「見守れ」「行う事」となっているのです。聖書は人間が一つとして全生涯に一度として行い得ない理想が記されていると言う事なのです。 

  そして、その目的は現実を見て、行いえない自分の愚かさを認め、キリストの代理の贖罪死に信頼を置く様に仕向けられているのです。と言う事で今日は身近に在る聖書の言葉が現実には行うにはほぼ遠い理想である事のご紹介でした。

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