原典聖書研究

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聖書の戦争教育

聖書の戦争教育 士師記3章2節

今日は士師記の3章を朝読みました。気になる聖書箇所をご紹介しましょう。

旧約聖書 士師記3章2節 ヘブル語原典直訳 

02 ・ 薄い に故に 知ることの 世代らの 息子らの イスラエル に徹底的に練習する事の 彼ら 戦闘 薄い 所の に 顔ら 無い 彼らが知った 彼ら

旧約聖書 士師記3章2節 70人訳ギリシャ語アレキサンドリャ写本原典直訳

02 ・ しかしながら 通して その 世代ら その 息子らの イスラエル その 教えた事 彼らを 戦いを、 しかしながら その 面前に 彼らの  無い 彼が知った それらを。

旧約聖書 士師記3章2節 70人訳ギリシャ語バチカン写本原典直訳 

02 ・ しかしながら 通して その 世代ら 息子らの イスラエル その 教えた事 彼らを 戦いを、しかしながら その 面前に 彼らの  無い 彼が知った それらを。

旧約聖書 士師記3章2節 ヘブル語原典意訳

02・イスラエルの実際の戦争を知らない次の世代に戦争を練習させるために神様がこれらの民族を残された。

 一般に「聖書は平和を教えている」と誤解されています。確かに新約聖書の中では平和が教えられている様です。しかし、良く聖書を読んで下さい(ローマ章5章1節等)全て「神との平和」で人間すむ地上の平和は殆ど無いと言う事なのです。だからこそ平和が大切(=少ないから)なのです。

そして、聖書が教えている平和は人間達の平和ではないのです。神様との平和なのです。その前提は「神の言葉(=10戒)を平気で破って、罪を犯している人間は全て神の敵となって神に戦争を仕掛けている」と言う事なのです。

しかも、聖書が教えている「神との平和」は人間の勝利ではありません。それは「神様には勝てないから敗北を認めて降参なさい。」と言う「人間の敗北=神の勝利による敗者に与えられる勝者=神の平和」なのです。

その意味で新約聖書の当時の人びとは、この事が具体的に理解出来ました。そう彼ら=ギリシャ人やユダヤ人は残虐で野蛮なローマ帝国に武力で敗北し、文字どおりバックスロマーナ(=ローマの平和)の中で市民権や土地財産を喪失し多くが憎いローマ帝国の奴隷となっていたのです。そうして、この誇り高い敗者ギリシャ人達にキリスト教は凄まじい勢いで広がっていきました。僅か300年で勝者のローマに敗者の宗教が逆支配する事態が生じたのです。その結果キリスト教は公認され間もなくローマ帝国の国教となります。皮肉にも敗者の宗教であるギリシャ人達の信じるキリスト教がローマ帝国の国教となる事態が起きたのです。

 と言う事で、今日の聖書箇所には「神様が戦争のやり方を神の民に教える」と言う一つの明確な目的があって聖書が記されている事が記されているのです。 

 聖書が「人間の戦争に関して何をどう教えているか?」はキリスト教国やそれぞれのご宗派の様々な利害があって中々結論は出せません。しかし、キリスト教国やその国の支配者達の信じる宗教であるキリスト教会は言葉ではそれぞれ平和を言っています。しかし、その人びとの本心は「言っている事ではなくやっている事」を見れば直ぐに分かります。

 世界の歴史に登場する「キリスト教国が一体どんな事をしてきたか。そして今何をしているか。」をイデオロギーや先入観を抜きにして見てみると簡単に分かります。

  そうキリスト教は世界で最も良く戦争する宗教なのです。今日ではアジアのキリスト教国で一番戦争体制が整っているのはやはりでは韓国です。従軍牧師がアフガンでも、イラクでもそしてベトナムでも大活躍しました。台湾の蒋介石は立派(??)なクリスチャンですが戦争は得意でした。また歴史を遡ってローマ帝国やロシア、ドイツ、イタリア、スペイン、フランス、英国、米国等を見れば自明です。

  それでも信じられない方はそれらの国の博物館にいかれたら否応なしに納得できます。そこには動かぬ決定的証拠が沢山合っていつでもそれらの証拠に出会えます。パリのルーブル美術館や博物館、ロンドン大英博物館、米国のメトロポリタンミュージアム等等、戦利品のコレクションが一杯です。

勿論これらは戦争略奪品のほんの一分です。戦争に加担した王族や貴族、教会等の立派な建物にはおぞましい戦利品が今も多く陳列され、又宝物蔵に置かれています。

  特にキリスト教国と考えられている米国と英国は戦争には大変熱心です。勿論世界平和の為ならず者国家の成敗の為とお題目は立派なのですが実際は侵略戦争を仲良く、10年に一回は実施しています。その目的は軍隊の訓練と、古い装備の一掃と新兵器の実戦試験の為で、最強軍備を継続維持する為にはどうしても10年に一度は戦争が必要なのです。朝鮮戦争1950-53年、ベトナム戦争1960-75年、湾岸戦争1991年、アフガニスタン侵攻2001年、イラク戦争2003年などを見れば自明ですがそれぞれの個別の国際情勢を抜きにして、それらの戦争の主導した米英の視点から見れば余った兵力や生産設備など軍需産業や兵役維持と指揮官訓練などの視点からみると、やはり戦力維持と言う視点を否定する事は困難です。それらを機会を見つけてはきっちりと実践していつでも戦争出来る体制を準備万端整えています。

 と言う事で今日は今から3400年前の時代にも「神様が戦争をイスラエルの人びとに教える為に、他民族と戦争をする為にイスラエル周辺に置いておかれた。」という聖書の戦争教育を教えている箇所のご紹介でした。 

以下参考リンク

聖書は戦争の記録  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/4358259.html

植民地用キリスト教  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/4271044.html

The Longest Day http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/4443865.html

南部占領作戦  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/22398490.html

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