原典聖書研究

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豊川海軍工廠大空襲と天国の父

大阪市で商店を営んでいた父は、徴用で昭和19年秋に愛知県の豊川
海軍工廠に赴いた。勤務は光学部で特殊潜行艇回天の潜望鏡制作を
担当した。年末と新年に起きた大地震に罹災し8月7日を迎えた。
始業間もなく、技術将校らが軍用車を急発進させ工廠出口に走り
去った。直後空襲警報が鳴り、防空壕に退避した。

投下された高性能250キロ爆弾の一撃で壕は崩れ一面の暗闇となっ
た。降り注ぐ爆弾の降下音で側溝や大破した基礎の影に飛び込み難
を避けた。気道確保に口を開け両手で眼と耳を抑え防爆態勢で12波
の爆撃に耐え、地獄と化した百万坪の工廠から外へ逃れ出た。

被爆後は犠牲者の埋葬が1月以上間続いた。発掘した無残な遺体は酷暑
で腐臭が加わり凄惨であった。10月に工廠は解散となり郷里に帰省
しても父は毎夜、爆撃の悪夢を見た。生涯定職に就けず家族は貧困
に投げ込まれた。

甲斐性の無い父と疎んじていたが、被爆後30年を経て一度限りこの話
を鮮明に聞いた。その時初めて、父が壮絶な爆撃の被爆者であった
事を知った。同時に戦争の悲惨さを実感した。その時の父の最後の
一言が忘れ得ない。「翌年将校達が勤めたN光学という品川の会社
から就職の話があったが断った。」

そんな父も還暦の頃に信仰を告白し受洗、決して幸せとは言えな
い生涯であったが、84才で天国に凱旋した。最期のことばは「ありが
とう」という感謝の言葉であった。

★明日から3回にわけて豊川海軍工廠の大空爆と罹災した父のその後の詳細ブロクに分割掲載します。

概略  http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23515336.html
その一 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23536425.html
その二 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23608816.html
その三 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23634168.html
補足 http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/23634234.html

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拝読させていただきました。
お父様、苦労をされたのですね。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。 傑作

2008/8/8(金) 午前 2:15 naomi_shararan 返信する

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傑作押し忘れておりました。

2008/8/9(土) 午後 4:14 [ - ] 返信する

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ナオミ様 こんな所までご覧下さったのですね。感謝!!

2008/8/9(土) 午後 6:05 [ 油食林間 ] 返信する

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kanazawa様 傑作をありがとうございました!!

2008/8/9(土) 午後 6:06 [ 油食林間 ] 返信する

この記事に接しますのは二度目でございます。
いや!毎年拝見しなければなりません。

お父様の信仰告白・受洗おめでとうございました。
喜びですね。私もうれしいです。

2009/6/22(月) 午後 6:22 [ - ] 返信する

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くらら様

そうでしたか!! 頭が大変およろしいので何処かへ飛んでいってしまっていましたよ!! 爆!!

父は生涯その苦しみから逃れられませんでしたが、それが戦争というものなのでしょうね!!

もし父の心の傷が中ったら私は大阪の繁華街で育ち、きっとタヌキさんや猪さんに一生ご縁が無かったかと思います!! 爆!!

勿論神様にも!! 再度のご案内を失礼致しました!! m(_ _)m

2009/6/22(月) 午後 9:25 [ 油食林間 ] 返信する

最近、神様は摩訶不思議なことをされると思っています。自分の来し方を思って見ても、不思議に思っています。近い将来、身に起きたことをかいてみたいと思っています。
神様の御元に行く前に証かしたいと思っています。

2009/6/22(月) 午後 9:49 [ - ] 返信する

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