原典聖書研究

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縛られた妾

縛られた妾 士師記19章10節 

今日は士師記の19章です。早速直訳です。

旧約聖書士師記19章10節ヘブル語原典直訳。

10 ・ そして 無い 彼が同意した その男 に夜を過ごす事の そして彼は立った そして彼は歩いた そして彼は来た まで 直面 イエブス(彼が踏みつける?) 彼女 イエルシャラム そして共に彼 繋ぐの 驢馬ら 縛られているらは そして側女彼 共に彼

旧約聖書士師記19章10節 70人訳ギリシャ語 アレキサンドリヤ写本原典 直訳。

10 ・ そして 無い 彼が願った その 男 野営(宿泊)させられる事 そして 彼は上に立った そして 彼は離れ来た、そして 彼らは側に起きた 迄 面するに イエブス (彼女は 彼が存在し続けているイエルサレム)、そして 共に 彼 軛の 下に軛ら 上に荷されているらの、そして その 側女 彼の共に 彼。

旧約聖書士師記19章10節  70人訳ギリシャ語 バチカン写本原典 直訳。

10 ・ そして 無い 彼が気に入った その 男 野営(宿泊)させられる事 そして 彼は上に立った そして 彼は離れ来た、そして 彼が来た 迄 面前に イエブス (彼女は 彼が存在し続けている イエルサレム)、そして 共に 彼 軛の 驢馬らの 上に荷されているらの、そして その 側女 彼の 共に彼。

旧約聖書士師記19章10節ヘブル語原典意訳。

10・そしてその日の午後レビ人は逃げ帰った妾の家でこれ以上宿泊する事が嫌だったので家に向かって出発した。そしてこの時はまだエブスと呼ばれていたイエルサレムの城塞に来た。彼と一緒に驢馬が繋がれ、さらに縄で縛られた側女が彼の横にいた。 

  今日の出来事にはすこし背景の説明が必要でしょう。おそらく中央聖所(シロ)に住んでいた祭司の一族(レビ)人の側女がベツレヘムの実家に逃げ帰った為、そのレビ人は女を取り返しに出かけたのです。その女の親は身売りさしたも同然な娘が不憫で、取り返しに来た男を何とか5日間止めたのです。しかし、その5日目の午後遅く彼は父の願いを退け、家に向かって出発したのです。 

  当然、もう逃げ出さない様に側女は縄で縛られて嫌いな男に無理やり連れられていたのです。 

  そして、それを見たベニヤミン族の若者たちがこの男の泊まっている家を取り囲んで、輪姦殺人事件が発生するのです。一見するとベニヤミン族が一方的に悪い様ですが、このレビ人もかなりの悪人です。白昼事も有ろうにいい年をした祭司(レビ人)が若く美しい妾を縄で縛って自宅へ連行していたのですから。それを見かけたベニヤミン族の青年たちがこの男に言いがかりをつけるのは致し方のない事でした。たしかに酷い事件が起きるのですがその発端は、レビ人が嫌がる女を無理矢理連れ帰る所に最初の問題があったのです。

  いやしくも、神に仕えるレビ人が自分の欲望を満たす為に金に物を言わせて女を意のままにしていたのですから、誰もそんなあさましい祭司やレビ人の教えにまともに聞く事は無かった事でしょう。 

余分ですが、今日の聖書箇所が何故原典に従って忠実に訳出されていないか気になるかたもお有りでしょう。参考の為に権威と定評ある有名なハーレーの聖書ハンドブックの巻末にある教会史のページを読まれると納得出来るかと思います。少し古いですが1974年版のp728一番下の箇所から一部抜粋して見ましょう。

「教皇セルギウス3世904-911,は★マロツイアと言う情婦を持っていた。彼女とその母テオドラとその妹は「教皇の椅子と情夫と不義の子で見たし、教皇の宮廷を盗賊の巣窟とした」これは歴史上「売淫政治」あるいは「売淫婦の統治」として知られる。
ヨハネス10世,914-928年はテオドラ(彼女は他にも情夫を持っていた)の情欲を満たす為にラヴエンナからローマにつれて来て教皇に任ぜられた。彼(教皇は)★マロツイアによって窒息死させられ、彼女は続いて自分の子供を教皇にした。レオ6世,....
ヨハネス12世,955-963年,★マロツイアの孫に当たり「あらゆる罪を犯した。地位の高低をとわず、処女、未亡人を犯し、父の情婦と同棲し、教皇宮廷を売淫の館とした。彼は姦淫の現場で怒り猛った女の夫によって殺された。
上記は、この聖書ハンドブックに記された記録の一部分です。いつの時代も地位と権力と富が宗教家を腐敗させる真理は普遍です。

キリストの様に地位も財産にも無縁で貧しく無産の本物の宗教者が尊ばれる時代は過去も現在も未来にも存在しないのです。(キリストも民衆に死刑を要求された) 何故なら多くの人が地位と富と権力を宗教に与え、また人々は宗教から自分の現世利益(神の呪い)を得る為に宗教を利用する意外に関心がないからです。

そんな人々に聖書を正しく翻訳したら、殆どの宗教家自身が己が身に詰まされ、しかも聖書を読む信者さんに宗教家に対する不審を増長させ事は自明だからです。

  と言う事で、今日は聖書が正直に記している当時の宗教家たちの(今も昔もあまり変わらない)退廃ぶりのご紹介でした。 

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