原典聖書研究

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神殿建設禁止

神殿建設禁止 

きょうも大変重要な箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第供7章5節 直訳 

05 ・ あなたは歩け そしてあなたは話す に 奴隷私 に ダビデ こう 彼が言った ヤハウエ 何故 あなた あなたが建設する に私 家 に仮住まいする事の 私

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 サムエル記第供7章5節 直訳 

05 ・ あなたは行け そして あなたは言え 方に その 奴隷 私の ダビデ こう 彼が言い続けている主は 無い あなた あなたが確かに家を立てる 私に 家を その 住む事 私。

旧約聖書 ヘブル語原典 サムエル記第供7章5節 訳 

05・ナタンにあなたは行って私の奴隷ダビデに「ヤハウエがこう言われた。あなたが何故私の為に私が住む家を建てるのだ。」と言え。
 
旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 サムエル記第供7章5節 訳 

05・あなたは行って、私の奴隷ダビデに言え。「神がこう言い続けておられる。あなたは私の住む家を建ててはならない。 」

 良くお分かりでしょう。神様の家=宮を建てようとしたダビデに対して神様は「あなたは神様の家=神殿=宮を建ててはならない。」と言われたのです。

  しかし、現実にはダビデは神殿建設の準備をしてその子ソロモンが神殿を建立してしまうのです。大切な事ですが、神様が一度として人間に「神様の宮を建てろ。」と言った箇所は聖書にはありません。 

 確かに、第砧鷁Φ5章3節や歴代誌第機17章や22章 28章などには神殿を建てる様に書いてあります。しかし良く注意してそれらの箇所を読んで下さい。神様が直接言われたのではないのです。それらは、直接神様が語られた事を聞いた人が書いた記録としてではないのです。「第三者=ソロモンが『神様がダビデに言われた。』等と他人=親の発言を引用している、いわゆる間接証言」に過ぎなきのです。

  神様がダビデに言われた事が歴代誌第機22章8節では尾ひれ「=血を流したから建ててはならない。」と付け加えられている様です。最初は、ダビデが死んでから生まれる子孫がいつの間にか実子のソロモンにすり替えられ、そしてソロモンの時代には是が非でも神殿を建てる事が正当化されてそして宮は建設されるのです。 

  興味深いのは神殿建設中に神様がソロモンに言われた言葉です。 列王記6章12節には「あなたが建てているこの神殿(=原文は家)については『もしあなたが主の言葉に従うなら...』」と神殿建設がソロモンの勝手な行動であることが記されています。また神殿の完成時の列王記第機9章7節には「この宮を投げ捨てる」とやがて3百年後の神殿破壊が預言されています。また捕囚後に建設された第二神殿も、また新約聖書の時代のヘロデの神殿も完成直後に破壊されてしまったのです。(マルコ14章58節)、お分かりでしょう。神様が今日の箇所で言われたのはダビデにだけ言われたのではないのです。神様がここで言われたのは「いつの時代にも誰に対しても神様の神殿や宮を決して建ててはならない。」と言う事なのです。

そして、聖書が言っているのは人間が神様に宮=家を建てるのではなく反対に神様が人間に家=宮を建てて下さると言う事なのです。勿論、それは原罪の肉体でありそれが神様の作って下さった家=宮=神殿であり、更に死後に天国に迎えられる人にはそこに家=宮=神殿=(ヨハネ14章1〜2節)を建てて下さると言うのが聖書お教えなのです。

人間が天地を作られた神様に家を建てるなどと言うのは初めからナンセンスな事なのです。

聖書は新約聖書も旧約聖書も神様が人間に家=宮(ヘブル語原典では同じ言葉ベス)を建てると言い切っておられるのです。それ故に、神約聖書では私たち神様を信じる人か神の宮で神殿であると言われているのです。(第一コリント3章16節、ヨハネ2章19節)

  総合的結論です。「神様は人間が神様に宮や神殿を作る事を大変嫌悪しておられる。」と言う事なのです。

  今日の箇所でダビデが神殿を建てようとしたのも、目的は明確でした。イスラエルの北の10部族がダビデの元に通い、国家の経済的基盤や、神殿における税収を確立して自己の権力を確立する事でのダビデの悲願を達成するためで有ったからです。

  そして、皮肉な事にソロモンの時代の後に王国が分裂して、ダビデ王権を離脱した北王国のヤロブアム王は、このエルサレム神殿に対抗する宗教の構築が最重要政策となりました。(列王記第機12章26節)。

もし、ダビデやソロモンが我田引水の為に無理矢理にユダの民族都市エルサレムに神殿を建立していなかったらもしかしたら歴史は変わっていたかもしれません。もしヤハウエの宮がエルサレム以外のユダ部族以外の他の部族の町にあったままであったら、(ダビデ以前に中央聖所があったシロ やギブオン等)そしてダビデが自己の王権強化と言う政略に神様を利用していなかったら(=政教分離が出来ていたら。)北王国の分裂後にヤロベアム王はエジプトやフエニキヤの宗教をユダに対抗する為に導入する必要は生じなかったでしょう。

北王国もヤハウエを信じて国家を運営していく事が出来たと思われます。しかし、もしそうなっていれば当然南王国ユダは歴史から消えるか、あるいは北王国の一部で有り続ける結果となったでしょう。そうすれば北王国10部族の国家の破綻が避けられ現在のイスラエルみユダヤ人ではなくイスラエル人と呼ばれたことでしょう。しかし、現実にはダビデ王朝をささえたユダの部族だけが歴史を乗り越え、そして新約聖書の時代を迎えキリストが誕生される結果となるのです。そのこと思うと、 何れの時代、何れの国でも国家の基本はやはり宗教政策なのだと思わされます。

  今日はダビデが何故神殿を建設しようとしたのかその目的と、神様が宗教を政治に利用する事を禁じられた箇所のご紹介でした。 

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