原典聖書研究

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ダビデの不倫

ダビデの不倫 

今日は大変有名なダビデ王と配下の武将の美人妻バテシエバの不倫の箇所でした。早速直訳です。

ヘブル語原典 第競汽爛┘覽 11章4節直訳 

04 ・ そして彼は送った ダビデ 使者ら そして彼は取った 彼女 そして彼女は来た に彼 そして彼は寝た 共に彼女 そして彼女 聖さしていたは から汚れ彼女(参Lv15:19) そして彼女は戻った に 家彼女

70人訳ギリシャ語原典 第競汽爛┘覽 11章4節直訳 

04 ・ そして 彼は離れ送った ダビデ 使者らを そして 彼は取った 彼女を、 そして 彼は中に来た 方に 彼、 そして 彼は寝させられた 共に 彼女、 そして 彼女は 自分の為に聖していたは から 汚れら 彼女の そして 彼は離れ戻った 中へ その 家 彼女の。

ヘブル語原典 第競汽爛┘覽 11章4節意訳

04・ダビデは部下の妻と知った上で使者に口上を授けた。ダビデは彼女を射止め、彼女は自らダビデの寝室に来た。ダビデは彼女と一緒に寝た、その日は月の物が終わり7日目の沐浴の日であった。そして彼女はダビテの側を去り自宅に戻った。

 まるで下品な週刊誌のゴシップ記事の様なお話です。先ず背景から説明する事にいたしましょう。今日の出来事の背景は、昨日ご紹介したアモン人の王ハヌンに送った弔問使節に対する虐待事件の直後です。あっと言う間にイスラエルと燐国アモンの両国は戦争に突入しました。

今日の所はその戦争の真っ最中のお話です。ダビデとの関係悪化を知ったアンモンのハヌン王は燐国アラムに援軍を要請します。その事を知ったイスラエルはヨルダ川を渡河して、アモンに侵略を開始したのです。迎え撃つアモンシリヤ連合軍は急峻な崖の上に陣取り最初は激しい戦闘になりましたが、同盟したシリャは呆気なく敗走し、残されたハヌン王の率いるアンモン軍は敗走に敗走を重ね、しもはや首都アンマン(当時はラバ=水の都)に立てこもる意外に、強力な軍事国家イスラエルに対抗し得る統べは無かったのです。

  首都アンマン(ラバ)も回りの断崖絶壁を利用した難攻不落の大城塞都市でした。攻めるイスラエルの将軍ヨアブは持久戦を強いられていたのです。イスラエルの勝利は時間の問題では有りましたが気の抜けない膠着状態であったのです。

 戦争は長引き、内政問題や外交課題も山積していた事でしょう。その様ななか首都エルサレムに留まった王国の最高権力者ダビデは外の敵には強かったのですが、自分の内側にいる欲望という敵にあっさりと負け、権力の頂点で頽廃的な乱れた生活にすっかり染まりきってしまっていたのです。

聖書によると、この日ダビデは日暮に起き出すありさまでした。宴会、遊興、酩酊の酒池肉林の、なんとも自堕落な生活に陥っていた様です。ダビデに唯一物申す事が出来たダビデの実の姉ツエルヤの長子ヨアブ(おそらくダビデより年長)も先述の敵首都のアンマン包囲に出払ったままでした。妻たちや子供たちは王国のプリンスやプリンセスとして社交界に迎えられ、手が離れダビデ回りには苦言を呈す者も無くしたい放題であったのでしょう。 

 この時、ダビデは57才、若く美しかった8人の妻たちも早50代となりその子供たちは続々と成人し、ダビデの王宮には世代交代の時期がひしひしと迫っていたのです。おそらくこのころにはダビデの周囲にはべっていた大勢の身の回りの世話をかねた佳麗な妾たちも相当に加齢が進んでいたと思われます。

 その様なダビデの目の前に、突如裸で現れた若いバテシエバの美しい沐浴姿にダビデはすっかり目を奪われてしまったのです。一方の、バテシエバは鉄器文明の先進国からやって来た王の側近の新妻でした。夫のウリヤは外国人としては異例に出世したエリート軍人でした。当時の最先端の鉄器武器による最新兵器の技術者のスキルがその事を可能にしたと思われます。素敵な技術将校ウリヤと新妻の間にはまだ子供も無く、バテシエバはどうみてもまだ二十歳そこそこの若さであった思われます。

彼女の夫ウリヤはイスラエル軍の中枢に抜擢され(ダビデの勇士の中にウリヤの名が見られます、23章39節)、その期待に答えるべく職務に没頭していた様です。鉄器文明の先進国ヒッタイト=ヘテ人からエリート技術将校としてダビデ軍に迎えられたウリヤは猛烈軍人、わき目もふらず、仕事一筋と言う所であったでしょう。

 一方留守を守る新妻のバデシエバは何不自由ない新婚生活です。しかし、唯一最大の問題は夫が長期不在と言う事でした。その上、夫が戦っている戦争は何時終わるかも知れないありさまでした。ですから待ちに待っている夫は元気で出征中で長期不在の、別居状態が続いていました。

その生活は何時果てるとも無く、後数年は夫の帰宅が望めないと言う絶え難く侘しい孤独の毎日であったのです。その様な寂しい新婚生活に耐えていたバテシエバの許に、突然王宮からの使者たちが夫ウリヤの留守宅に到着するのです。それは、権力の頂点に立ち、夫の上司のそのまた上司であり、権力絶頂期を迎えたダビデ王から誘惑の誘いを託された使者達が来たのです。そしてバテシエバは躊躇することなく王の誘いを受け入れ、自ら王の所に出向いて行った事を聖書は記しているのです。

  おそらく、二人とも最初は浮気のつもりで有った様です。しかし、バテシエバが身ごもり、その妊娠を衆目から隠し、ウリヤの実子に見せかけて事を収めようとしたダビデのもくろみは見事ウリヤによって拒否されたのです。

  夫ウリヤが折角ダビデ王が画策したまやかしの帰宅許可に載らなかった事には原因が有ります。その根拠は、ダビデとウリヤの浮気は初めからかなりおおっぴらに成されていたと思われます。第一に、ダビデがバテシエバに送った使者は複数でした。しかも、バテシエバも一人暮らしではなく夫の使用人達の目が有ったでしょう。またバテシエバを迎えたダビデの王宮には沢山の宦官や妾たちという大勢の目が有りました。当然、二人のスキャンダルは尾ひれ背鰭もついて、さまざまなルートから夫ウリヤに伝えらたことでしょう。何故なら当時は出征兵士に家族が食糧や上司への付け届けをする事はあたり前の事であり、当然ウリヤの所にも息のかかった僕が通っていたからです。(参考サムエル記第機17章17節他) 

  考えてみるとすぐに分かる事ですが、バテシエバが自分の懐妊を疑い、それが紛れもない妊娠である事を確信するまでに3月は要したでしょう。「私は孕んだ。」と言うバテシエバからの連絡がダビデ王にもたらされ、ダビデ王が将軍ヨアブに伝令を飛ばし、急遽夫ウリヤが戦場から帰国出来たころは早妊娠4か月に入っていたと思われます。もしそうだとすると、バテシエバはウリヤが帰国させられた時には、その懐妊は誰の目にも疑いようは無かった事でしょう。素晴らしいプロポーションであったバテシエバが夫の不在中に懐妊してしまった事実はもはや誰の目からも隠しようはありません。

事も有ろうに、夫ウリヤがダビデ王と妻バテシエバの為に命を賭して戦っている最中の二人の火遊びと、その結果の新妻の太鼓腹を見せられて、その上に見え透いたダビデ王の稚拙な隠蔽工作に加担するほどウリヤはお人好しでは無かったのだと思われます。彼なりの上司に対する精一杯の抵抗でした。 

 その一途なウリヤの抵抗によって窮地追い詰められたダビデは、ウリヤの手にウリヤ自身を殺害するように指示した手紙を持たせ将軍ヨアブ元に送り帰したのです。そして、ダビデの指示に従った将軍ヨアブの作戦で夫ウリヤは戦死させられてしまうのです。

  問題はそのあとです。このウリヤの妻バテシエバは夫がダビデの謀略によって戦死させられた後、心を痛めながらもダビデの妻になる事を承諾します。 そして、また次の子供を妊娠し60才近くなった老けた王に王子ソロモンを産み落とすのです。そして、すっかり容色の衰えたダビデ王の8人の正妻たちと張り合い、居並ぶ王子王女を押し退けて凄まじい権力闘争を乗り越えて、わが子でありダビデ王の末子であるソロモンを王位後継者に仕立て上げたのです。バテシエバはどう見ても貞淑な静かな女性とは考えられません。自分の魅力を最大限に活用し、機会さえ有れば富と権力の場にしゃしゃりでる様な野心有る女性であったのです。

  と言う事で、今日はダビデの不倫とそのお相手を務めた部下の新妻バテシエバの生きざまが見据えられる聖書のシビアな記録のご紹介でした。

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