原典聖書研究

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愛に優る憎しみ

愛に優る憎しみ

今日は、昨日ご紹介したダビデ王の部下の妻との不倫の果ての夫殺害と妻横領事件に対する神様の報復が記された箇所でした。早速直訳です。

旧約聖書 ヘブル語原典 第競汽爛┘覽 13章15節16節 直訳   

15 ・ そして彼は憎んだ彼女 アムノン(信頼できる) 憎しみ 大きい 非常に として 大きい その 憎しみ 所は 彼が憎んだ彼女 から愛 所は 彼が愛した彼女 そして彼は言った に彼女 アムノン あなた(女)は立て あなたは歩け
16 ・ そして彼女は言った に彼 無い 故にら その邪悪 その大きい そのこれ から後ろ 所はあなたが作った 共私 に徹底的に送る事の 私 そして無い 彼が同意した に聴従する事のに 彼女 

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 第競汽爛┘覽 13章15節16節 直訳
 
15 ・ そして 彼は憎んだ 彼女を、越えて その 愛、するところを 彼が愛した 彼女を。そして 彼は言った 彼女に アムノオーン あなたは上に立て そして あなたは行け。
16 ・ そして 彼は言った 彼に タマル 無い、兄弟よ、それは 大きい その 悪 その 終わりは 越えて その 第一、する所を あなたが作った 共 私、その 外に離れ遣わした事 私を。そして 無い彼は願った アムノオーン 聞くこと その 声の 彼女の。

旧約聖書 ヘブル語原典 第競汽爛┘覽 13章15節16節 意訳

15・異母妹のタマルを強姦したアムノン王子は、豹変し憎しみに苛まれた、その憎しみは彼女を愛した愛より遥に大きかった。そしてアムノン王子は妹に言った。「いつまで寝てる気だ、さっさと立って帰れ。」  
16・驚いたタマルは兄に言った。「それは無いでしょう。乙女を強姦しておいて。あなたは私を妻にするのが掟よ。追い返す気?」そういわれても王子アムノンは聞く気は全くありませんでした。

  聖書は本当に分かりやすい書物です。昨日ご紹介したダビデの罪に対する刑罰がちゃんと次の章に記されているのです。

  ご理解いただき易い様に先ず背景をご紹介しましょう。王子アムノンはダビデの第二夫人(実質は第一、第一夫人のサウルの娘ミカルは子が無い)アヒノアムの第一子でダビデ王権の第一王位継承権者=いわば皇太子でした。そして強姦されたタマルは第四夫人マアカ(燐国ゲシュル王との政略結婚の妻)の娘で、兄は後にダビデにクーデターを起こすアブシャロムです。

  そして、王子アムノンは父ダビデが30才の子。昨日のバテシエバとの不倫がダビデ57才で今はおそらく60過ぎと言う事で、アムノンも30才を過ぎていました。タマルはおそらく花の盛りで17〜8才と思われます。王家の中で特にアムノンは王位継承者として特別待遇で彼は王国内で王に継ぐ最高位でした。そして、王宮中の関心事は王子アムノンのお妃選びでした。 

 普通にいけば王女のタマルは、政略結婚で外国に嫁ぐが、王族外の男子に嫁ぎダビデ王家を離れる運命でした。彼女は自分の行く末に一抹の不安を背負いながら美しく成長したのです。そして、彼女が王子アムノンの寝室に呼ばれた時には、「お兄様の手付けになれば、ファーストレデイになれるかも!」という禁断の秘められた願いが彼女の心の奥に隠されていたのです。だから二人っきりで寝室に入り、王子様の口に「アアン!」と言って寄り添うおままごとも何のためらいも無く成しえたのです。

 お手付けまでは想定通りの展開でした。しかし、誤算が起きました。折角の既成事実の後、兄アムノン王子は妹タマルに酷い嫌悪感を懐き「外に追い出せ」と家来に命じ、彼女は衆目の中、王子に飽きられ捨てられた女の烙印を押される悲劇に見舞われたのです。

 浅はかなタマルは、美しさの絶頂から突然に心も体もずたずたに切り裂かれ、奈落の底に落とされ、誰かに合う勇気を喪失し兄アブシャロムの家で見るかげもなく惨めな日々を送らされたのです。

 当然の事ですが、次期王となる予定の第一王子アムノンの大スキャンダルを断罪し罰を与え得る人は、あの不倫と殺人で衆目を集めた父ダビデ以外には王国内には存在せず、当然父ダビデもその子をとがめ罰する資格が無いたっため何のお咎めも無かったのです。

  収まらないのはアブシャロムです。妹タマルは結婚の望みを無残に絶たれ、自分の部屋から出様ともしない不憫な妹を目の当たりにしています。アブシャロムはダビデ王の三男である為、いつも兄アムノンとは格段の差別を受け、苦々しい思いの上に妹の恨みつらみが重なり、何のお咎めも無い兄が王位を継承する時が刻一刻近づいていたのです。

  そして、ある日アブシャロムは妹タマルに対するアムノンの罪を報復し第一王子アムノンを殺害してしまうのです。

  お分かりでしょうか、これはダビデ王のバテシエバとその夫を殺害した罪に対して神様が与えられた刑罰であり、報復なのです。そう、聖書は罪の赦しを教え本来であれ地上で死刑にされまた永遠の滅び持って償うべきダビデの罪を神様は赦されたのです。しかし神様はダビデに行った罪に対して「罰と報い」を与えなければならなかったのです。

  この一連の出来事を王ダビテの立場に立ってみるとよく分かります。ダビデは娘タマルを強姦された父の苦しみ、さらに、強姦した息子アムノンの親としての世間体の無い恥、更に、最愛の長男アムノンを殺された怒り、さらには、兄弟を殺した極悪人のアブシャロム父であることの恥がやって来たのです。神様がこんな酷い出来事をダビデ王家に起きさせられたのはダビデに罪の刑罰とその報復を学ばせる為であり、それは聖書は全ての人々にも知る事としてこの事が起きる事を許されたのです。 

  ダビデが殺害した妻をダビデに強姦され挙げ句に自分が殺され、妻を奪われたウリヤには、当然母も父も有ったでしょう。ダビデは平和で健全なウリヤの家族を破壊し、妻バテシエバやその両親に対してダビデの身勝手によってどれだけ苦めたのかを味わう為にこの刑罰と報復を与えられたのです。彼が人に加えた苦悶を、神様はダビデに二倍返しにして与えられたのです。

  聖書は明確に言っています。「人は種を蒔けばその実を刈り取る」(新約聖書ガラテヤ6章7節)「あなたがした様にあなたもされる」(旧約聖書オバデヤ15節)。預言者ナタンに罪を指摘されて漸く自分の罪を認め悔い改めてその罪を赦されたダビデ王ですが、神様は容赦なく行った罪が何であったのかをダビデに教える為刑罰を授けられ、また、ダビデが自己の欲望を満たす為に人に加えた害に対して義なる神様が死んだウリヤに変わって正当な報復をされたのです。しかも、被害者や当事者の周囲の人々の苦しみ合算され、しかも数倍になっています。

 ここに、聖書の原則が明確になります。そう人は罪を赦されてもその刑罰と報復を免れる事は出来ないのです。聖書は明確にそう記されています。神が罪に対して罰と報復を与えるのは、世界を裁かれる神として当然の義務なのですう。その目的は地上に罪が蔓延し、罪人が再犯を犯し、更に模倣犯を抑止し、被害者の心情を思う時罪の罰と加害に対する報復は「神様の責務」であることが頷けます。 聖書を少し読めば誰でも分かる事ですが、最初の人アダムとエバの罪がやがて、自分たちの長子カインによる弟のアベルを殺害にって殺人の加害者と被害者の両親として自分の罪の意味を悟らされたことにはじまる聖書の根本原則なのです。

何故か、残念な事に聖書の翻訳そのものも随分とこの原則を出鱈目に訳出しているのが大変気になる所です。以下はその参考リンクです。今日は以上です。 

  黄金律の誤訳
http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/611722.html
URL http://bible.co.jp/bible/nt/goyaku.htm 

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