原典聖書研究

ギリシャ語に興味ある方は「ギリシャ語」の書庫、 聖書関連記事は「無題」の書庫をご覧ください。

全体表示

[ リスト ]

少年ソロモン王 (11才で即位)

 今日は、聖書を普通に読んでいれば誰でも分かる当たり前の事なのですが、どういうわけかヘブル語原典から抹消されているソロモン王の即位年齢のご紹介です。早速直訳です。  

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一2章12節 直訳

12・そしてシエロモー 彼は仮住まいした 上の (玉)座 ダビデ 父彼 そして彼女が堅くされた 王権彼 非常に

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一2章12節 直訳

12・そして サルモオーン 彼は座った 上に その 座 ダビデ その 父の 彼の 息子は 年らの 12、そして 彼が準備させられた その 王国 彼の 非常に。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一2章12節 翻訳

12・そしてソロモンは彼の父ダビデの玉座に座り、その王権は父以上に強化された。

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一2章12節 翻訳

12・そしてソロモンは12才で彼の父ダビデの王座に座った。そしてその彼の王権はものすごく強化された。

  70人訳ギリシャ語聖書に記されているソロモン王の即位年齢の12才(数えで満は11才)がどういうわけかヘブル語原典には消えているのです。そして、ヘブル語原典にはどういうわけかソロモン王の治世が40年と有るだけで即位年齢も、死亡年齢も書かれていないのです。大抵の王様には記されている即位年齢が無いのは実は大変不自然な事なのです。

 重要な事は実際にソロモンが即位した年齢がどうかが問題なのですが、例のウリヤを殺してその妻バテシエバを横取りしたのが、ダビデ王57才の頃と推定されます。そしてその時に孕んだ子は産後間もなく神の裁きによって殺され、その後バテシエバがダビデによって懐妊しソロモンが誕生します。

  その時のダビデの年齢は最低でも58才です。その年に懐妊としたとしても、出産時にはダビデは59才となります。そしてダビデは30才で王に即位しヘブロンで7年、エルサレムで33年を合計した治世は40年ですから30+40=70才で死にます。その時のソロモンの年齢は最大でも数えで12才(満では11才)と言う事で聖書に年齢が記されていても居なくとも自明の事なのです。

  今日の日本では小学校の4年生か5年生の子供の年代です。この事が分かると更に色々な事が見えてきます。

 ★先ず第一に何故、兄アドニヤの即位の式典にソロモンが呼ばれなかったのかと言う事です。当然ユダヤ人達の一人前の年齢に当たる13才に達していませんから、呼ばれるわけはありません。

 ★第二に、自分の死期を悟っていたダビデは「何故後継者のソロモンを早く即位させ、アドニヤの即位による混乱を避けなかったのか」が分かります。そう、40才に成らんとする他の王子達を差し置いて何故少年ソロモンを後継者に即位させる必然性がダビデに有ったのでしょうか。そんなもの存在する必然性はどこにもありません。

 ★第三に、母バテシエバがソロモン王と席を同じくする場合母の座がソロモン王の右(上位)に設置されました。(2章19節)と言う事はソロモンの治世のかなりの期間、王国の主権は30才そこそこの王母バテシエバに存在した事が分かるのです。

 ★第四に、ソロモン王を支持したのは祭司ツアドクとエホヤダの子ベナヤ丈でした。そして彼らは、あのアブシャロムのクーデターの折りにもダビデ側についた人物でした(サムエル記第二15章24節〜29節)。更に、ダビデ王にアドニヤの即位式典とソロモンの対立即位を進言した預言者ナタンは王族でも、祭司でも無いく、只ダビデ王の懇意の預言者でバテシエバにかなり近いすじの人でした。そこから分かる事はダビデとバテシエバ以外の王の家族はすっかりダビデ王から心が離れてしまっていて、ダビデが王権内部で心を赦せるのは祭司ツアドク、エホヤダと預言者ナタンに加えて、新参者のバテシエバとその子丈であった事が浮き上がって来るのです。

 ★第五に、第四の理由からアドニヤを支持した人々からしてみれば、ソロモン王の即位は、民主的に王族全員の合意によるアドニヤの即位に対する、ナタンと祭司ツアドクトエホヤダの子ベナヤの極少数者によるクーデターと言う見方が妥当である事が見えて来るのです。

 ★第六に、ソロモンがダビデ王とその一部の人々だけの支持の中で王に即位しても、王権の基盤は非常に膳弱で前途には暗雲が立ち込めていたと言う事が分かるのです。

 ★第七に、バテシエバを初めとするソロモン支持派にとって残されたのは反ソロモン勢力の粛清以外に無かったのです。それ故に、誰よりも先に兄アドニヤを殺害し(2章25節)次に祭司エブヤタルを罷免し(2章27節)更に、将軍ヨアブを宮で惨殺し(2章34節)更に反ダビデを鮮明にしていたサウル王家の残党シムイを殺し(2章46節)、さらに聖書には記録されなかった多くの王族や反対勢力を皆殺しにする以外にソロモン王権を維持する術が無かったと言う事なのです。ダビデがサウル王朝の残党を悉く粛清し、更にソロモンがダビデ王朝内の反対勢力を粛清すればその後国家がどうなるかは自明です。自立が出来なくなり分裂しやがて国家は神様の言葉通りに消滅するのです。

 ★このダビデが夫ウリヤを殺害して手に入れた若く美しい女バテシエバとその左に着座するソロモン王によって、ダビデの家庭は散々に崩壊し、預言者ナタンを通して語られた主の言葉「いまや剣はいつまでもあなたの家から離れない。」(サムエル記第二12章10節)という言葉がダビデの実の息子達の手に握られた剣で現実のものとなり、ダビデの多くの家族がさらに同じ血を分けたソロモンとバテシエバの手によって殺される悲劇となってダビデ一族に襲いかかった事を聖書は教えているのです。

 更に、この粛清はその事を行ったソロモン自身にもふりかかります。そう、彼の治世は40年でした(列王記第二11章42節)と言う事は彼は51才か2才で若死にしたのです。当然でしょう、恐怖政治を持って始められたソロモンの周囲には誰一人彼に苦言を呈する事の出来る人物は残されて居なかったのです。おそらく彼も孤高の権力者となり、父ダビデと同様に毎夜、の美食、美酒、美人に埋没し、早々と生活習慣病に罹患し、世継ぎの準備も何も無く、ある日突然神様によって人生の途絶える瞬間を迎えさせられたのです。

 確かに彼が11才で王に就任した当初「僕は小さい子供ですからこの民を治める術を知りません。智恵を下さい」(3章7節〜9節)は王として謙虚で素晴らしい王様の言葉に見えますが、その時の年齢が11才では当然の態度と言葉だと言う事なのです。

あすはデボーションでこの事の記された3章でが、この年齢の記述に関して、ヘブル語聖書から「12才と言う年齢が抹消されている」のか、あるいは「70人訳の方にに書き加えられているのか」の検証についてもご紹介する予定です。

この記事に

閉じる コメント(2)

顔アイコン

国を治める王はいつも謙虚の心を持っていなければ、人心は離れてゆきますよね。それなりに国も栄えては行ったのでしょうが
いつの時代でも振り回されるのは庶民ですよね

どこかの国の政治家さんたちももっと謙虚な人が増えれば言いのですが。しょせん庶民の淡い期待でしょうか?

2007/10/9(火) 午前 3:55 [ kunivisyo ] 返信する

顔アイコン

本当にそうですね! 時々選挙で落選させてあげられると良いのでしょうね! たとい党の推薦があっても、また比例代表名簿の順位が上のほうでも。

2007/10/9(火) 午前 9:49 [ 油食林間 ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事