原典聖書研究

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神を祝福した報いは死刑

 今日は「神を祝福した報いは死刑」という少し変わった主題です。これは、あたりまえなのですが、聖書に通じていない人には理解不能かも知れません。ご理解頂く為に早速直訳です。面倒な直訳に興味のない方は★印に進んで下さい。

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第一 21章 10節直訳 

10・そしてあなた方は仮住まいさせろ 2ら 人ら 息子らの 価値のない(ベリアル) 対面して彼 そして彼らは証言させる彼 に言うことの あなたは徹底的に跪く(or祝福)した 神ら そして王 そしてあなた方は出て来させろ 彼 そして あなた方は石打ちしろ 彼 そして 彼は死ぬ

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第一 20章 10節直訳(ヘブル語の21章に対応)

10・そして あなた方は中で座らせろ 2 男らを 息子らを 側法律らの 出て 面前ら 彼の、 そして 彼らが下に目撃証言しろ 彼の 言っているは 彼が祝福した 彼を そして 王を。 そして 彼らは外へ導け 彼を そして 彼らは石打ちしろ 彼を、 そして 彼は死に続けろ。

旧約聖書 ヘブル語原典列王記第一 21章 10節 翻訳

10・あなた方は邪悪な男を二人を証人席に座らせ、ナボテの面前でこう証言させる。「お前は神と王を祝福した。」それを聞いた、あなた方は即座にナボテを町の外に引きずり出し石打刑にして、間違いなく彼を殺せ。

 ★今日は「一人の男が嘘の証人二人に『神と王を祝福した』という罪状で訴えられ、裁判の後に処刑される」と言う理不尽な箇所でした。前後関係を説明すると「北王国イスラエルを繁栄させたアハブ王がイズレエルと言う風光明媚な所に離宮を作ります。王はその隣地に葡萄園を持っていたナボテに地所の譲渡を願い出たのです。しかしナボテが譲渡を拒否します。その理由はモーセの書にある相続地の譲渡禁止命令です。断られたアハブ王は食事も咽を通らぬ程落胆します。それを聞いた王の妻のイゼベルが悪辣な裁判でナボテとその一族郎党を皆殺にし、葡萄園を取り上げた」という酷い出来事なのです。 

  その時にイゼベルがナボテが訴える為に作り出した罪状が、問題の「神と王を祝福した」と言うことなのです。不思議なことに大抵の翻訳はこの「祝福した」とう下りが「呪った」と正反対に訳出されています。

  ヨーロッパのキリスト教国では聖書原典のまま「神と王を祝福したと言うのが死刑相当の罪状」としては「どうしても理解出来ない」と言う事の様なのです。

  しかし、誰がどう見てもこの箇所のヘブル語原典は「バラク」で「祝福」です。70人訳のギリシャ語も「エウロゲオー」でやはり「祝福」に間違いありません。両方の原典に使われている単語は明確に「祝福する」と言う意味で完全に合致しているのです。 

  この箇所の問題を解明する光は新約聖書のヘブル書7章7節に有ります。そこには「下位の者が上位の者から祝福されるのです。」と記されています。とすると「ナボテが神と王を祝福した」としたならば、「ナボテは自分自身を王よりも、また神よりも自分が上位にするという『思い上がった行動』をした」と言うことになり、これは「死刑相当の冒涜罪」と言う事なのです。だから、この箇所はそのイスラエル民族の常識に照らし合わせると「神と王を祝福」したナボテは「自己を神の上に位する最高神にした。」とう事になり、それ故に「自分を神とした冒涜罪故に石打ちにされた」と言うことなのです。

  しかし、いずれの権威有る(大抵英語です。)レキシコンもこの箇所丈を特例として異例の長い解説を加え「呪い」と訳出する様にしています。しかし、そのまま「王と神を祝福した」としても上記の「下位者が上位者から祝福される」と言う理解さえ有れば、多くの人は読むだけで「当然死刑だと納得出来る」のでは無いでしょうか? そして、ここだけを特例として「祝福する」を「呪った」と訳出する必要はないと思われます。

これは、聖書を読んだ者なら知っているはずの常識なのです。しかし、どうもヨーロッパの人々にはこのイスラエル民族(セム語族ですから東洋人です)の前提が理解出来ない様で「呪った」と改竄している様です。 

  そして、時々これと同じ思い違いをしている日本人のクリスチャンにお目にかかる事が有ります。クリスチャンが祈りの中で神さまを祝福したり、神さまの教会を祝福するのを幾度も聞きました。しかし、それは良く考えると「かなり傲慢な振る舞い」です。「自分は神の教会や神ご自身以上の存在」と高ぶっていることを暴露しているからです。もし、本気でこんな傲慢な祝福をしたら聖書の定めは「冒涜罪で死刑相当」だと言う事なのです。ただ、そんなことを注意してみても、大抵の方には理解してもらえそうにないのでできるだけ黙っているようにしています。
 
そして、キリストが十字架で処刑されたのもまさしくこの点でした。キリストが地上で罪を赦したり、人間で最も高い地位の祭司や律法学者を呪った言動はまさしく、キリストを神の子と認めない人々は冒涜罪相当と判断し、それ故に十字架刑を宣告されたと言うことなのです。「この人は自分自身を神としたのですから律法によれば死にあたります。」ヨハネの福音書19章7節

  と言うことで今日は「神と王を祝福すると自分を神や王の上位者にした傲慢罪で、死刑相当である」という聖書の定めのご紹介でした。ナボテに関しては追ってその結末をご紹介する予定です。

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読者が納得できる様に、解りやすくするために祝福を呪いと訳しているのは確かに問題ですね。
祝福と訳すれば何故そうなったかと疑問を持ち解説や背景を見つけて正しい認識に至ることでしょうね
。罪状が発言者の傲慢なのか呪いという発言なのかで大部変わると考える人は多いかも知れませんね。
確かにイエス様も自分を神と同列の発言をしたかどで死刑にされたのですから。

2007/10/28(日) 午前 11:00 [ n77ichiro ] 返信する

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そうですね、聖書の言葉を人間が理解し易い様に変質さした訳出した結果、反対に、神様の主権と被造物にすぎない人間の立場など、聖書が教えようとしている基本的な事が看過されてしますね! しかし、同様の「改竄」は翻訳のあちこちに良く見かけます。今日(10月29日)もその様な面があるかと思います。帰宅後に記しますので11時半頃にはアップ出来るかと思います。

2007/10/29(月) 午後 2:57 [ 油食林間 ] 返信する

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