原典聖書研究

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二重の哀れみ

二重の哀れみ

今日は預言者エリシヤの最後が記された箇所でした。早速いつもの様に直訳です。直訳に関心のない方は★印にお進みください。 

旧約聖書 ヘブル語原典 列王記第二 13章23節直訳 

23 ・ そして彼は好意した ヤハウエ を彼ら そして彼は徹底的に柔らか(or思いやり)した彼ら そして彼は回転した に彼ら に故に 契約彼 共に アブラハム イツハク そして イアコブ そして無い 彼が同意した 破滅に向わさした事の彼ら そして無い 彼が投げさした彼ら から上 顔ら彼 まで 今

旧約聖書 70人訳ギリシャ語原典 列王記第二 13章23節直訳 

23 ・ そして 彼は哀れんだ 主は 彼らを そして 彼は哀れんだ 彼らを そして 彼は上に見た 方に 彼ら 通して その 契約 彼の その 共に アブラハム そ イサク そして ヤコブ、 そして 無い 彼が願った 主は 通し腐らすこと 彼らを そして 無い 彼が離れ投げた 彼らを から その 顔 彼の。

今日は70人訳の方を意訳してみます。

23・神さまはご自身に逆らうイスラエルの人々を二重に哀れまれた。そして神は彼らの先祖アブラハムやその子のイサクと孫のヤコブとの間に交わした約束を見上げおられた。そのお蔭で神さまは御前からイスラエルの国を拭いさる事を思いとどまって来られた。

  ★本当に考えさせられる聖書の言葉です。少し言葉の説明が必要なのですが、それは「二重に哀れまれた」と言う箇所なのです。70人訳の原文では「哀れみ」を表す同義語が2回連続して記されているのです。

  前の方の哀れみは「エレオー」で「哀れみ=気の毒に思う」と言う意味です。そして後ろの方の哀れみは「オイクトリオー」で「憐れみ=同情」を意味します。よく似た言葉ですが随分と違った意味を持つ言葉です。最初に使われている「エレオー=哀れみ」は上から下に見下げた意味を持ちます。 そして後の「オイクトリオーは親身になって自分の身につまされる思い」を意味します。これは、神さまが人間の立場になって「人を対等の立場で哀れんで」おられると言うのです。

  以上はギリシャ語訳の方の説明ですが、ヘブル語原典の方は前が「ハナン」で「好意あるいは贔屓」を意味し、後ろの方が「ラカム」で本来は「柔らかい」と言う意味で「思いやり」と訳される言葉なのです。興味深いのは後者のラカムはそのまま名詞になると「母の胎」という意味なのです。まさしく親身になって弱く罪深い人間を哀れまれると言うわけです。70人訳のギリシャ語は本当に良く翻訳されていると感心します。

  そして、昨日まで繰り返して学んできた北王国イスラエルの悪王と言われるアハブ王に対する神さまの哀れみを思い返してみたいのです。

  あの悪い王さまに対する神様の態度はこの聖書の「哀れみ」と言う言葉通りでした。幾度も罪を犯したアハブ王ですが、その度に神さまは命を賭した預言者達を次から次へと送られたのです。絶対権力者のアハブ王をいさめるのは本当に命懸けの仕事でした。偉大な預言者と言われるエリヤやエリシャを初めとする多くの預言者がその為に命を賭して王の前に出向いたのです。そして厳しい言葉で幾度も彼に罪の自覚と悔い改めを迫ったのです。そして、あのナボテの一件をエリヤに咎められ他時にはアハブ王は涙し、その衣を引き裂き麻袋を肌身に来て断食して悔い改めたのでした。そして神はその罰を彼には与えず彼の愛する子孫に与える事にされたのです。(1列王22章29節)

  しかし、アハブ王はほとぼりが醒めるとまた悪事を繰り返しました。その時にも預言者ミカヤが遣わされましたが、彼はこの忠告を無視しラモテギルアデに進軍したのです。この様に神さまはアハブ王に対して忍耐の限りを尽くされましたが彼は自ら招いた神の言葉に対する反抗によって死んでしまったのです。

  これらの事から、「神さまはどんな罪人にもその罪を悔い改めるチャンスを繰り返し与え、そして刑罰を宣告しても数十年の猶予を待って、その進退を見極めて後に罰を与えられると言う事」が分かるのです。

  何故ならば、今日の聖書の箇所が記している様に、神さまは二重の哀れみを好まれる神だからなのです。最後にキリストが好んで用いられた言葉を一カ所ご紹介させて頂きます。

 マタイ9章13節=12章7節=ホセア6章6節「私(=神)は人を哀れむ事をいつも願い、屠り殺す事は決して願わない」(私訳、注:預言者ホセアは少年時代を今日の言葉が書かれている頃に北王国で育ちました。)

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秀逸の記事を読ませていただきました。
ありがとうございます。

2007/11/11(日) 午前 6:49 Yhoshuah 返信する

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おはようございます! いつもご訪問感謝!

2007/11/11(日) 午前 8:13 [ 油食林間 ] 返信する

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アハブ王に対する神の憐れみは、私には理解に苦しみますね。何故彼にではなく彼の子孫にその罰を引き延ばされたのかと。勿論イゼベル共々あれほどの罪を犯しながらも、エリアに託された神の言葉に対し、従順に断食して悔いたと言うのも理解できませんが--。
なお、訳された箇所の王はエホアハズ王のことですね。

2007/11/11(日) 午後 4:02 [ n77ichiro ] 返信する

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おっしゃる通りです。ややこしくしてすみません。この時の北王国イスラエルの王はアハブと一族を殺したエフーの息子のエホアハズです。確かにアハブ王は悪い王さまですが、神さまは彼を見捨てず幾度も預言者を送られました。人間の眼には不可思議ですか神さまの眼にはきっとアハブ王が何故そうしたのかと言う神さまなりの評価が有った物と思います。今日の礼拝説教で私なりの視点を述べましたので明日にでもここにアップしてみます。実は10年前から500本近い説教がいつでもネット放送出来る状態でストックして有ります。聖書箇所は列王記の第二の20章から22章を事前に読んでおいて頂かないと意味不明になります。

2007/11/11(日) 午後 11:11 [ 油食林間 ] 返信する

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