原典聖書研究

ギリシャ語に興味ある方は「ギリシャ語」の書庫、 聖書関連記事は「無題」の書庫をご覧ください。

全体表示

[ リスト ]

聖書の改竄 本文復元

聖書の改竄 本文復元 第二コリント1章11節 

  聖書を原文で読んでいると分かりやすくなる所もありますが、反対にサッパリわからなくなる箇所も結構在るものです。上記の箇所もその様な箇所の一つです。 

  実はこのコリント人への手紙の第二の1章はギリシャ語の原典が大きく損壊されている箇所なのです。特に6節から15節にかけては、修復しにくい問題箇所が連続しています。

なぜ、こんなにギリシャ語の本文が壊されているのかその原因ははっきりしません。

 しかし、わかる事はこの箇所は大変理解の難しい記述になっているのです。

 今日は試しに11節を取り上げて、如何にこの聖書箇所が原典のギリシャ語で理解しにくいかを見てみましょう。 以下は、この箇所を語順そのままに日本語に置き換えた直訳です。 

競灰螢鵐1章11 ・供に援助しているは そして あなた方の 上方に 私達の その 請求、為に 出て 多くの 顔らの その 中へ 私達 賜物 通して 多くの 彼が感謝させられた為  上方 私達の。

 分かりにくい文章である事がお判り頂けるでしょうか? まずはっきりしないのは主語です。おそらく冒頭に出て来る「共に援助している」という主格単数男性分詞と思われます。 

  次に明確にわかる事は述語=動詞は「彼が感謝させられた為」という接続法3人称単数受動態アオリスト形です。残りは前置詞句ですので全て主動詞を限定していることばです。

  この第二コリント1章11節を翻訳にすると以下のようになります。   

翻訳・私たちが請求したのは、あなた方以上に援助しているひとが感謝させられた為でした。多くの顔から出て、私たちの賜物の中へ、通して多くの、私たちの上方へ、

  わかる事ですがこの手紙の読者であるコリントの人たちに対しては、誉めると言うよりも叱責を意味する内容である事が自明なのです。所がその様な文面はやはり多くの人々の心証を害する結果となったのでしょう。 
  それゆえこの部分を恥とする(後代?)コリント教会のクリスチャン達の誰か、(おそらく教会の指導的立場に在る人々の誰か?)によってパウロの厳しい叱責を都合良く言い換える為に、写本の書き換えが成されたのではないでしょうか。

 13節にパウロは「あなた方が読んで理解できる事しか書いていない」とただし書きを入れているのですから、この部分がパウロの自筆のままで在ればおそらくこんな難解な文章ではなかったと思われます。 

  もちろん翻訳聖書にはそんな難解で複雑な事は注釈や注解にも一切記されていませんが、実際に原文を読んでいると悩まされる問題の聖書箇所なのです。しかし、このような箇所こそ私たちが聖書を学ぶ為に重要な事を教えてくれるのです。

  それは聖書は大変な古典であるとうい事です。そして立派な古典であると言う事も知らなければ成りません。その立派な古典というのは、沢山の人間の手をへて様々に書写され、また改竄され、さらには翻訳されていると言う事を意味するのです。此の、聖書が正しく翻訳される為に、パウロの自筆の原本がどの様であったかを確定復元する事自体、大変な難作業なのです。もちろん、このような問題箇所は聖書にそう多くはありません。しかし、無視出来るほど少ないわけでもありません。まだまだ聖書に関してはわからない事が多くあり、完成された完全な翻訳なんて言う物が存在することはあり得ない状態が真実なのです。皆様もぜひ、原典で聖書を学び関連の出版物をぜひ多く購入し、聖書研究者を力づけ励まし、更にいい加減な研究をしていると叱責できるぐらいの意識を醸成される事をお勧めします。 

この記事に


.


みんなの更新記事