原典聖書研究

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パウロと教会の衝突

パウロと教会の衝突 第競灰螢鵐箸1章13節

さて、今日は昨日に引用した第競灰螢鵐箸1章13節に目を向けてみる事に致しましょう。
じつはこの箇所もたいへん分かりにくい書き方がされているのです。見ていきましょう。

13 ・無い[又はする所(男or 中性)の]そして 反対に 私達が書き続ける あなた方に 反対に または する所(中性)らを あなた方が上に(再び)知り(読み)続けている それとも そして あなた方が上に知り(特定知識し)続けている、私は願い続けている も それは 迄 完成らを あなた方が確かに自分の為に上に知(特定知識す)る、

前回分かりにくい箇所をご紹介しましたが、今日はその続きの箇所です。翻訳では「読んでわかる事以外は外は書いていない。」と訳出されるのですか原文ではどう見てもそんな簡単ではありません。 

WEBも以下の様に訳出しているのですが
For we write no other things to you, than what you read or even acknowledge, and I hope you will acknowledge to the end;

素直に読むとこの様になります。

そして 何と私たちがあなた方に書いていないのに 反対に あなた方はある事を読み続けている そうか あなた方が知り続けている。私が願っているのはあなた方が完全になるまで自分の為に確実に知り続けて欲しい。

これも、どのように訳すのが良いのか本当に混乱してしまう記述なのです。

しかし、このような書き方にはわかる事があります。まるで国際紛争の調停文書か、歯に絹を着せた奥歯に物の挟まった書き方なのです。と言う事は言うべき事をはっきり言うと問題がより深刻になるので、このような湾曲した表現で分かっている人にはわかるように、わかりたくない人には他の解釈が可能な様に記したのでは無いでしょうか。

と言う事で、この書き方からわかる事は「パウロとコリントの教会には大きな対立が存在していた」と言う事なのです。第汽灰螢鵐箸亮蟷罎「もし誰かが主を友としないなら、呪いが存在し続けろ」(16章22節、私訳)と言い切って手紙の末尾を締めくくったぐらいですからその対立は相当深刻な物であったのは自明です。

そして、原文で見ていくとパウロとコリント教会の衝突は相当に深刻で激しい物でした。 そして大切な事はパウロはその様な衝突をしてまでコリントの教会を矯正しようとした事です。そしてコリントの教会もパウロの痛烈な批判の言葉を人間の言葉としてではなく、神の言葉として受け止め、受け入れ、自分たちの間違いを改善するべくパウロの言葉を神の言葉として広く諸教会に公開したのです。その意味で聖書には、今日の多く教会はじめ、社会全体が忘れている他者に対する叱責や矯正の為にリスクを犯しても発言するあるべき人間の素晴らしい生きざまを見る事が大切です。何故なら、人間は信仰や改心の体験丈ではその生きざまに何の改善もなく、厳しい聖書の言葉による矯正が肝要だからです。

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