原典聖書研究

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ギリシャ語に語順無し

ギリシャ語に語順無し

  今日で動詞の変化は3日目です。もうしっかり覚えられましたでしょうか?

 さて昨日お話しした通りギリシャ語の動詞の語尾に人称が明記してあるので、主語は遠くにあっても間違える心配が無いと言うことでした。

 これは動詞丈の問題ではありません。ギリシャ語は名詞や形容詞や代名詞などもそれぞれの修飾関係が離れていても問題なく分かる様になっています。語がバラバラに置かれていても問題なく読めるのがギリシャ語の一番大切な基本なのです。 

★そう、聖書が記されたコイネーギリシャ語には語順が無いのです。

 これがギリシャ語が世界で一番簡単な言葉である最大の理由です。 コイネーギリシャ語は語順なんか一切考えずに思いついた事を片っ端から口に出してしまえば、それで言いたい事が相手に伝わると言うことなのです。

 だからギリシャ語を聞くとき(あえて読むとは言いません。昨日学んだ通り聖書が書かれた●コイネーギリシャ語は会話専用の言葉●だからです。)一切語順なんて意識する必要はないのです。 ギリシャ語が楽しく面白い、最大の理由はこの「語順が無い」と言うことなのです。

  ★しかし、皆様お分かりでしょう。英語を話す人々にはこの点がワケワカメナノです。なぜなら英語は語順で言葉を理解するというのが基本になっている言語だからです。だから英語圏の人々のギリシャ語理解にはひどい間違いがいっぱい出て来るのです。 

  例えばオックスフオードやケンブリッジなんという立派な大学も事このギリシャ語に関わるとすっかりその権威も地に落ちてしまうのです。当然その系列の北米の著名なハーバードやエール、プリンストンを初めとする名だたる大学もギリシャ語が英語に翻訳されたとたんに、全く駄目な酷い英訳文にしか出来ないと言う事なのです。英語の訳文を立派にしょうと思えば思うほどギリシャ語の原文とは語順が大きく入れ代わる為、原典の強調点が消失してしまうからです。 

  しかし、残念なことに日本の聖書学者たちは大抵がこの英語圏の大学に行って、わざわざ難しく解釈された英語の文型に当てはめたギリシャ語の構文解析などを仕入れてきて、さもわかったかの様に日本で教授されるから、その系統のギリシャ語を教えられた日本語の出来る生徒たちが大抵ギリシャ語が理解不能になってしまうと言う結果になっているのです。

  ★語順の無いギリシャ語を理解するのは英語を介さず、直接語順の無い日本語に訳出することが大変重要になって来るのです。だから「ギリシャ語を正しく理解するのに英語が出来る人よりも出来ない人の方がかなり有利だ」と言うわけです。 

 しかし、残念なことに事、聖書の翻訳に関しては全て版権が英国や北米のキリスト教団体に握られているため、そこの監修をうけ 英訳のひどい間違いを無理やり真似させられて日本語や韓国語、中国語に訳されていて、それらも全く原典からかけ離れてしまっているというのが現実なのです。

  そして、迷惑なことに、聖書関係の翻訳推進団体は、英語圏の物ばかりです。そちらからお金が出ている関係で英語聖書を御本尊にした誤訳の翻訳はウイクリフ翻訳宣教師などを介在してどんどん翻訳が進められてしまっています。

  聖書翻訳は莫大な資金で進められており、現在ではもう既に世界の5千を越えるほとんどの未開語にも訳出されてしまっているというありさまです。悪いものほど早く伝染するのは伝染病だけではなく、聖書翻訳の世界も同様というわけです。

  ★さて、この「★ギリシャ語に★語順無し★」というギリシャ語の基本は★聖書を理解する★基本中の★基本です。

■これが何故大切かというと、■ギリシャ語の最も■大切な要点は■語順にあると言うことです。■

 ■言っていることがご理解いただけるでしょうか。■まさしく矛盾を申しておるのです。■

★語順がないギリシャ語を学ぶのに★何故★語順が★大切なのか?★

  落ち着いて考えてください。「ギリシャ語には語順が無い」と言うことは何からしゃべってもかまわないと言うことです。

  ★だったらあなたがもし「ギリシャ語で喋るとしたら一体何からお話しされますか?」

  そう、「自分が大事だと思っている事から順に単語を羅列する」のでは無いでしょうか?

 ★これが「ギリシャ語は語順が一番大事だ」と言う事の理由なのです。★

 ■逆に言うと、もし「ギリシャ語の●語順を並べ換えてしまうと、話者がいいたい●強調点は大きく変化し、全く■読者に伝わらない。」という問題を惹起するのです。

  ●お分かりでしょうか。ギリシャ語を英語に翻訳すると英語の基本の5文型のどれかに合わせるためにせっかくの大切なギリシャ語の語順をすっかり入れ換えなければ成りません。

  ●するとギリシャ語の原典の強調点は英訳では殆ど消失してしまいます。そして常に主語や述語が前に来て単純明解な文章になってしまいます。その結果、私、あなた等の主語が一番前に移動させられてすっかり節度を失った我の強い文章になってしまいます。

  そして、ギリシャ語の原文で使徒達がせっかく前に持って来て強調している大事な言葉が、なんと、お粗末にも一番最後に並べ替えられてしまいます。奇麗な英訳にはそれは不可欠ですから。しかも、それが各節毎に全く同様にしかも、全節にわたって大事な語順が入れ代わる為に、文脈はぼろぼろにされるのです。

確かにその一文に限定すれば、その文の趣旨や意味は単純明解です。しかし、肝心のその文の置かれている、文脈での大切な使徒達や主の言葉は完全にぼやけて的外れな翻訳に堕してしまっています。

その結果、だれでも読め(正しくは朗読を聞けば)ば簡単に理解できえるはずの聖書の主張(第二コリント1章13節=意訳=私があなた方に書いたのは、朗読を聞けば分かる事丈です。)はすっかりはぐらかされてしまいます。★文の意味は分かるけれども★文脈の主張ははっきりしない★変な翻訳が出来てしまうのです。

  だから、翻訳聖書はいずれの訳も読んでも読んでも難解で、まるでお経のようなありがたみはあるけれど、使徒達のダイレクトなメッセーシは消失して生ぬるい駄文に成り下がってしまう結果が生じているのです。その結果使徒達の主張は大きく後退し、その結果文脈に生じた間隙に、読者の深層真理に潜んでいる邪悪な心の願望が虚像の様にして置換されてしまいます。そうして、預言者や使徒達の峻厳な断罪の宣告と明白な改悛の進めが、事も有ろうに曖昧模糊とした受容や寛容にすり替えられてしまうのです。そこに、反聖書的なカウンセリングや積極的思考法といったヒューマニズムが巣くい、キリスト教界を席巻する土壌を提供してしまったのです。

  ということで、今日はギリシャ語の基本中の基本、「ギリシャ語には語順が無いため語順で話者の強調点が示されている。」という根本原則のご紹介でした。

  だから、ギリシャ語を学ぶ事が聖書を正しく理解する一番の近道だと言う事なのです。だから私はこのギリシャ語の押し売りをしている次第です。

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はじめまして。楽しく読ませていただいています。

ギリシャ語の根本原則・・目からウロコでした。
当時の人々が聞いて感じたように聖書を読むことができればもっと楽しく学べると思いました。

まだまだたくさんウロコが落ちそうですけど、気長に続けていきたいです。

貴重な情報、ありがとうございます。

2011/1/5(水) 午後 8:54 [ riv*rs*on*0088 ] 返信する

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riverstone様

コメントを有り難うございました!!

実は当たり前の事ですが今までどうして看過されていたのか不思議です。

それからヘブル語をギリシャ語に訳した紀元前2世紀の70人訳はヘブル語と全く同じ語順に訳出しています。

やはり古代において語順と言うものが如何に大切にされていたかの例証かと思います。 ではまた!!

2011/1/6(木) 午後 10:18 [ 油食林間 ] 返信する

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語順について、たいへん悩んでいます。マルコ11:3「主がお入用なのです」の語順について。3人称代名詞(属格)は、「主」か、それとも「必要」にかかるのか、どちらだと思われますか? 私は「主」つまり、この場合は「持ち主」にかかると思いますが。

2017/1/14(土) 午前 9:12 [ ies*lov* ] 返信する

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> ies*lov*さん

難しい御質問ですよね。 普通に読むと主語の「ロバの主が必要を持っておられる。」となりますがご存じだと思いますがギリシャ語の人称代名詞3人称は主語の強調に使われることが多いですから、「主ご自身の必要のため彼(ロバ)が持ち(あるいは存在し)続けている。」と言う意味にも取れますよね。でもどちらでも意味に大差は無いのかと思いますし、もしかしたらその両方の意味をもたせて居るのかも分かりませんよね。人を説得する言葉って曖昧さが大事ですからね。

2017/1/14(土) 午前 9:39 [ 油食林間 ] 返信する

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