原典聖書研究

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新約聖書は誤訳

新約聖書は誤訳

  ギリシャ語の男性名詞の変化の「身に付き具合!」は如何ですか。いきなり「男性名詞」なんて言うので戸惑われた方があるかも分かりませんので少しこの事=「名詞の性」に付いてお話しさせて頂きます。

★ギリシャ語の名詞には「性 =■男性、●女性、▲中性」 による分別(ブンベツ)があります。まるで資源ゴミと言わないでください。分け方は単純な理由で分けられています。

 ■先ず「男性名詞」の意味をご紹介しましょう。「男性名詞」は当然男ですから今週学んでいる様に「オス」(οs)が基本で変化します。(分かりやすいでしょう!!)

  「男性名詞」にわけられるのは基本的に「自ら能動的に作用するもの」が男性名詞になります。

  例えば太陽は自ら光を発します。だからηλιοs(ヘーリオス)で雄ですから男性名詞です。

 ●次は「女性名詞」のご紹介です。月は太陽の光を受けて光っています。だから受動的に光っています。だから月は「女性名詞」でμηναs(メーナス)となります。語尾変化については今度の金曜日にご紹介します。

 そして、面白い事にカレンダーの「月」になると、ギリシャ語も日本語と同じ「月」なのですが男性名詞となり語尾が不規則変化形でμην=月(メーン)となります。

 ▲最後は「中性名詞」ですが、これは能動的でも、受動的でも無い中性なものです。 例えば本などはβιβλιον(ビブリオン)で中性名詞となります。

 そして、この名詞の分類に見られるような物の本質による分別がギリシャ語の一大特質なのです。

 ★これから、ギリシャ語に見られる★「物の本質による分別」★を簡単にお話ししてみましょう。

 ★ギリシャ語には必ずといって良い程、同じ事を表すのに三種類(あるいはそれ以上の)の言葉で分析的に表現します。

 ★ギリシャ人は物の見方が大変分析的で、他の民族が同じ言葉を使う状況でも必ず「その事柄の本質によって違った言葉を用いる」という事なのです。

  ★「新しい」の同意語

   例えば新しいと言う言葉を例に挙げて説明してみます。

 ★ギリシャ語では新しいと言う言葉に関して主に★三つの基本単語★があります。

  新しいの一番多いのは ★νεοs(ネオス)です。これは時間的な新しさを現します。人間の新しいのは青年、と言うわけです。

  次に登場するのは ★καινοs(カイノス)です。此れは質的な新鮮さを現します。此れには時間的概念は一切含まれません。

  じつはこの語★καινοsは大変重要な意味を持っています。 

   この語★καινοsの用例としては新約聖書の「新」はこのカイノスの形容詞形καινη+契約διαθηκη(通し置く)が使われています。

  ですからギリシャ語の新約聖書の意味で使われている新約聖書の書名=「καινη+διαθηκη」の最初の言葉 「καινη」には古い新しいという時間的概念は全く含みません。

  この言葉の本当に意味する事は「現在も有効な=内容が新鮮である契約=通し置く」と言う意味で過去、現在、未来と言う時間概念によって変質しない永遠不変の契約と言う意味なのです。

  そしてもう一つの新しいと言う言葉は★κουροs(クウロス)でこれは切り詰めた又は短いと言う意味です。若者と言う意味にもなりますが日が短い=新米さんと言う事です。 

  以上がギリシャ人が「新しい」を3種類に分析してその時々に応じて相応しいギリシャ語を使い分けているのです。 

  残念なことに英語にはこのギリシャ語の「三種類の『新しい』と言う言葉」に対して的確に対応する適切な言葉がありません。そのため新約聖書と言う表題その物に用いられているギリシャ語のκαινη+διαθηκηはなんとした事か「New Testament=時間的に新しい契約」と英語新約聖書の表題に訳出してしまっているのです。

  その結果、新約聖書に対してもう一つの聖書=旧約聖書を何とした事か 「Old Testament」と名付けてしまいました。もちろんヘブル語の旧約聖書にはそんな書名も表題もありません。「律法、預言者、諸書」と言われています。
時にはこれらが長いので代表して最初の5つの書物をさす「トーラー=律法」でヘブル語聖書全体を表していました。
あるいはそれぞれのヘブル文字の頭文字を取ってタナッフ(トーラー、ネビーム、ケッッビームの頭文字)というのが初代教会における聖書(=当時は70人訳のいわゆる旧約聖書しかありませんでした)を表す言葉で決して古いなんて言う意味はありませんでした。
そして当然の事として新約聖書に権威を持って引用されている聖書はすべて(当時=新約聖書は現在生成途上でした)旧約聖書ナノです。
もし、旧約聖書なんて言う言い方を使徒や教父達が聞いたら腰を抜かすほど驚いてそれは「背教者だ!!」と決別を宣言した事でしょう。

  英語がその様な誤訳書名をKJV(キングジエームズ訳)で採用したその結果とんでもない事が英国系の教会に生じました。 ■「もう旧約聖書は古い、今は新約聖書の時代だ!」■という英国教会独自で独特の間違った神学を生み出してしまったのです。

  本当は新約聖書も 旧約聖書も 

 ★「καινη+διαθηκη =新鮮+契約=両者共現在有効な最新の契約」★

と言う事です。私はこのとんでもない「歴代の教会の営みを根底から否定する英語新約聖書書名の誤訳」を正すと同時に従来の誤訳との整合を勘案して 

  新→真約聖書 と旧→久約聖書という呼称の変換を提案しています。

  まあ、新約聖書と言う名前に訳出したことその物は、本当にお粗末なお話なのです。しかし、この誤訳によって生じた聖書に関する基本認識の重大な誤認はキリスト教会の2千年の長い歴史の中で非常に深刻な問題=「旧約聖書の現在における普遍的聖典性」という神学や教会形成の基本的あり方に間違った考え方を導入する基本的大誤謬を惹起してしまったのです。

そして、英語圏の教会では正々堂々と「今は新約聖書の時代で、旧約聖書の律法は廃棄された」などと言うほぼ異端的見解がまことしやかにまかり通る由々しき事態を惹起してしまったのです。

しかし、この新約聖書=New Testament、Old Testament と言う英訳聖書の書名その物の誤訳は英語に訳出された英語に訳された聖書中身の中身の間違ったとんでもない英訳聖書実態を如実に表していると言う事なのです。

 しかし、その書名その物の誤訳が原因となって旧約聖書の有効性に関して笑えない深刻な問題を現在のキリスト教会にもたらしていることも無視出来ません。その、神学の混乱とりわけ英語圏のキリスト教会のさまざまな教会のあり方の問題の元凶がこんなギリシャ語に対する無理解に源を発していることを知ることは非常に大切です。

  以上の事から分かることですが「英語圏における聖書解釈は一番最初からボタンの掛け違いがあって国家や大学の面子がかかわり、長い年月が経過した今となっては、いまさらどうする事も出来ない混迷の中に貶められている」ということなのです。

その発端はひとえに16世紀に文化の進んだウイーンやジュネーブ、パリを初めとするフマニストたちが大量に存在した文化先進地に様々な面で遅れを取った英国が目先の付け焼き刃のお粗末な教養で聖書をギリシャ語から英訳した当時の英国の学的水準の低さに源を発しているのです。  

 当時の英国の後進性に関しては「英語の歴史」Logan P.Smith著  龍口直太郎訳 評論社等を参照してください。

さて、お話をギリシャ語の同意語に戻しましょう。

★この様に大抵のギリシャ語には同意語(=シノニムス)が3つあり、厳密にこれらの単語は使いわけられています。

以下に簡単にいくつかの例をあげておきます。

言葉には λογοs(実言)  λημα(話した言葉) μυθοs(虚言)の三種類が使われています。
  λογοs(実言)は言葉と事実が対応関係=真実出在る場合。
  λημα(話した言葉)は誰かが実際に口に出した言葉の場合で実言と虚言を含む。
  μυθοs(虚言)は現実にはあり得ない人間の想像や事実ではない場合の言葉=イソップ寓話=ムソス。

 これらに対応する動詞は以下です。
  λεγω(レゴー)
  λαλεω(ラレオー)
  μυθευω(ムセウオー) 

 これ以外にも沢山の同意語(シノニムス)が聖書には登場しています。説明すると長くなるので簡単に言葉丈紹介します。

見るには ブレポー、 ホロー、 セアオマイ、
死ぬには アポクテイノー、 アポスネースコー、 テレオマイ、
贖いには アゴラ、 ルートロン、 ヒラストテーリオン 、
取るには アイロー、 ランバノー、 クラトー 、
食べるには デエオ、 エスシオー、 フアゴー、

   もうきりがありませんので止めておきます。

 これらの同意語(シノニムス)は厳密に全く異なった概念を表出しています。そして実際に原典で聖書を読んでみると随分と同意語が使われているのに気がつきます。そして、すぐに分かることですが翻訳はこれらの同意

語は杓子定規に全く同じ日本語に訳出してしまっているのです。 上記に紹介した物もすべてそうなのです。

  此れでは残念ですが直訳以下で、全く翻訳は用を成していないと言われてもしょうがないありさまです。

原典で細かく用語が分けられているのにそれらを全く同じ語に訳出されては理解が困難になるのは当然です。

一生懸命に翻訳を読んでみても言っていることがどうも理解できないのはこんな所にも大きな原因が在るのです。
 
そして、その様な誤訳の最たるものは「新約聖書」と訳出されたκαινη+διαθηκη という書名からしてボタンの掛け違いの最初があると言う事なのです。

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閉じる コメント(3)

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両者共現在有効な最新の契約、と言うのは本当ですよ。

イエスはもともと、ユダヤ教の原点回帰を目指したのです。
イエスにとって聖書は、トーラー=律法しかなかったと言う単純な事実を無視したらもはやイエスの教えではありません。 削除

2009/1/26(月) 午後 5:21 [ cova ] 返信する

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趣旨にご賛同いただきありがとうございます。

こんな事を書く時点で日本や英語圏のキリスト教の足元が見えてしまうお粗末さには悲しい物が在りますね。

また、ご賛同いただいてものっけから否定しておられる牧師さんの多い現実を思うと「そんな事(=今は新約の時代等)を言う教会はキリストの教会ではなく悪魔の巣窟です。」

というキリスト教の常識=当たり前の事を言った人が、反対に人格を疑われている様な現実を前にすると、事は深刻ですね!!

2009/1/26(月) 午後 6:57 [ 油食林間 ] 返信する

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時間的ではなく質的に新しい(fresh?)というのは、原語を調べないとどうしてもわからないですね。原語の大切さをあらためて実感しました。

「古い」という言葉にも同じような意味で原語の違いがあるかとおもうのですが、そうしますとヘブル8:13などはどのように考えるといいのでしょうか?

2011/1/31(月) 午前 2:39 [ riv*rs*on*0088 ] 返信する

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