原典聖書研究

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ギリシャ語と数字

 ギリシャ語と数字

 どういう訳か数詞は興味が無くて全く覚えないでいました。しかし、聖書を読んでいると実に頻繁に登場する言葉なのですっかり覚えてしまいました。

それらは以下です。

1=ειs ヘイス 
2=δυο デュオ
3=τρειs トレイス 
4=τεσσαρεs テッサレス
5=πεντε ペンテ
6=εξヘク
7=επταヘプタ
8=οκτωオクトオ
9=εννεαエンネア 
10=δεκαデカ 
20=εικοσι エイコジ
100=εκατον ヘカトン
十の桁=○○○κοντα ○○○コンタ
百の桁=○○○ακοσιοι ○○○ アコシオイ
千の桁=○○○χλιαδεs ○○○キリアデス
万の桁=○○○μυλιαs ○○○ ムリアス

これ以外の数字はこれらを組み合わせて表現します。

たとえば50= 5×10ですから
(5=πεντε ペンテ)×(十の桁=○○○κονταコンタ)で

50=πεντηκοντα となります。 この序数詞形(形容詞と同じ変化)の
πεντηκοστοs(ペンテエコストス)の女性形主格単数がπεντηκοστη(ペンテーコステー)となり第50日目と言う意味です。元々はイスラエルの民がエジプトを出た記念日の過越の日から丁度50日目にシナイ山でモーセが十戒を授けられた律法授与記念日ですが、この日がキリストの処刑=過越の日から丁度50日目に120人(12部族の10倍)のキリストの弟子達に聖霊が臨まれた日でもあり、神様の聖霊が旧約聖書の律法の成就を目的として弟子達に授与されたことを示しています。

 この他に順序を表す良く使われる序数詞が15まで有ります。

  有名なのは一番最初を意味する πρωτοs(プロートス=第一)で次がδευτεροs(デウテロス=第二)となります。
 
  これらの中で形容詞の様な性による変化をする物も有りますし、変形も結構有ります。まあ音便なのでその都度に覚えると良いかと思います。それから分数もちゃんとそれ専用の言葉が有ります。

一部ご紹介すると 
1/3=τριοs トリオス
1/4=τεταρτοs テタルトス 
1/10=δεκατοs デカトス 

  まあこんな所です。 面白いのはギリシャ語には「0」と言う数字の言葉がありません。という事はユークリッドやピタゴラスなどと言う大数学者を輩出したギリシャ人達ですが、意外な事に「無」に関してはかなり無知であったと言う事になります。

  とはいうものの、まあ該当する言葉がないわけではありません、形容詞の κενοs=ケノス=空虚 かματαιοs=マタイオス=無益 かαθετω=アセトオ=私は廃棄する あるいは 句で το μη ον トオ メー ホン 「その無い する所のを」という言葉になってしまいます。

  「0」と言う数概念を最初に記述したのはAD7世紀のインドの数学者ブラーマグプタとされていますから、まあ仕方の無い事であったのかもしれません。

  余分ですが「罪の赦し」と訳出されている ギリシャ語の 「αφιημι =アフイエーミ は そのままにしておく」という意味であって決して「罪を無にする」「赦す」あるいは「罪を贖う」などと言う意味は全くありません。その意味で新約聖書に記されている「罪の赦し」は全てギリシャ語に対する無知の結果による誤訳です。

  正しいこの語の意味は「そのままにする」でこの語の典型的な用例は「離婚する」と言う意味で「妻を去らせる」と言う箇所に用いられています。離婚しても妻あるいは夫であった人が死んでいなくなるわけではありません。

 この「0」という数が無いと言う事は、不思議なことに、大きな数字を表すのが結構面倒なことになるのです。それは、桁あるいは位と言う概念が希薄である為なのでしょう。

  最後に参考の為に黙示録の有名な14万4千人のギリシャ語の表現方法をご紹介しておきます。
εκατον τεσσακοντα τεσσαρεs χλιαδεs

直訳は 百  40 4 千 [(100+40+ 4 )×千]となります。

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数字を言葉で表すと面倒くさいですね。
0の概念がなかった理由はたぶんギリシャの
数学はギリシャ人が発明したものではなく
ノアの洪水以前よりあった古代の文明の
学問をそのまま伝えられて使用して
いたためだと考えています。
科学文明が短期間に整備されるのが
不思議だと思われて仕方ありません。ε^^3♪〜

2008/1/22(火) 午後 4:40 maz*cin*ou*e*es 返信する

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本当に書くのも読むのも面倒です。ギリシャの数学がそれ以前の数学を継承したものだと言う事は聞いていましたが一体どんな数学だったのでしょうね。所でピタゴラスの定理をギリシャ語の原典で読もうとしたとき、単語や文法は簡単なのですが肝心の何を言っているのかが分からないのには参りました。前置詞の連続ナノですがきっと耳で聞いて脳裏で直接図形にして見ると分かる構造なのだ思います。

2008/1/22(火) 午後 10:32 [ 油食林間 ] 返信する

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ギリシャ語講座をボツボツ読み進めています。
「ギリシャ語と数字」のページに
アフイエーミ は 「罪を無にする」「赦す」あるいは「罪を贖う」などと言う意味は全くありません。
と書かれていました。

私の使っている辞書(岩隈直)も間違っているのでしょうか?

先生のブログの中のどこを読めばわかるでしょうか?
また主の祈りについて詳しく書かれているページはどこだったでしょうか?

ぜひ教えてくださいますようお願いします 削除

2009/11/14(土) 午後 9:03 [ keiko ] 返信する

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keiko様
頑張ってますね!! ギリシャ語は続けたら直に物に出来ますよ!!

ところでご質問の赦しは以下をご覧ください。

罪の放置
http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/1154299.html

主の祷は こちらに簡単に説明してあります。
: http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/2209182.html

それから岩隈さんですが私はとてもじゃないがおすすめ出来ません!!

もし英語がおできになればOxfordからでている、Liddell&Scottの Greek-English Lexiconをご覧いただくと一目瞭然!! アフイエーミは放置すると言う意味で、赦しと言う意味は掲載されていません。

詳しい説明がいるかも知れませんがこの辞書(世界で最高の権威)がそう主張している以上、これと見解が全く違う辞書が間違っていると言うのが当然でしょうね!!

2009/11/14(土) 午後 10:26 [ 油食林間 ] 返信する

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英語は10年程前に英語検定2級なんとか取れた程度ですから、英語の辞書なんて、とてもとても・・・残念ですが。
日本語の辞書をご紹介いただけないでしょうか?

主の祈りの「天」を「見えないところ」と訳されているのも、同じ理由なのでしょうか? 削除

2009/11/16(月) 午前 6:48 [ keiko ] 返信する

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keiko様
英検二級を取られているならギリシャ語の辞書は十二分に使いこなせるとおもいますよ!!

ところでギリシャ語辞書は教文館からででいる織田昭氏のギリシャ語小辞典がおすすめです。 確か5千円です。旧版で、今は絶版になった初版の方がかなり良い辞書でしたが、再販される時にかなり改悪されてしまいました!! 残念ですがそれでも日本語の中では一番良いと思っています。

天に関してですがギリシャ語以前にヘブル語の単語がシャマイームで天ではなく本来空と言う意味です!!

まあ「見えない」と言うのが字義で天王星がウラヌスと言われるのは、発見前に他の衛星の軌道のずれから推測して「見えない天体が有る」と言う意味でウラヌスの字義=見えないと命名されました!!

続く!!

2009/11/16(月) 午前 9:46 [ 油食林間 ] 返信する

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続き!!

私の直訳に使われている訳語は色々な辞書を参考にしながら70人訳がギリシャ語訳出される前のヘブル語の原典の用語の意味も参考にしながら全聖書中の用例をコンコルダンスを使って全部あたり、その用例を精査して、自分で訳出しました!!
だから、訳語の選出に、もし参考書が在るとしたら「原典の聖書だけ」ということが出来るとおもいます。

2009/11/16(月) 午前 9:47 [ 油食林間 ] 返信する

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ギリシャ語小辞典 お小遣いの残高を考えずに注文してしまいました

主の祈りより「さらに、神様の扱いを、自己の他者にたいす扱い以下に制限する自己実現の否定です。」
ここがよく分かりません

私は、もし私に負債がある人がいたら、私がほうっておけるのはわずかに分量で、返済してもらいたいと思います。とてもとても全額をほうっておけるものではありません。 削除

2009/11/16(月) 午後 8:19 [ keiko ] 返信する

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他の人の負債をほうっておけることができないこの罪も加えて、私の持つとても負いきれない負債をキリストの十字架によって、ほうっておいてもらうからには、手元に残ってあるもの全部を主の手に委ねます 私にはこうしてもらいたいなど自己実現を要求する値打ちはありません
と祈ることでしょうか?

私がほんの少しだけ他の人の負い目をほうっておけたから、そのぶんだけ、ほんのちょっとでよいので、私の負い目をほうっておいてください。後はどんな取り立ても甘んじます
まさか、こんなことはないでしょう??

メチャクチャずれたことを書いているでしょうか?
アホな質問ですみません
今まで何も考えず、口先だけで主の祈りを「唱えていた」だけの私に、読むのにふさわしいページがあったら教えてください 削除

2009/11/16(月) 午後 8:26 [ keiko ] 返信する

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keiko様

主の祷りの「負い目をお許し下さい」ですか!!

リンク先に注意して訳出しておきましたが

ギリシャ語の原文が言っているのはとあくまでも「お金や物等の借用物=お金等の事」であって、決して罪と言う「心や魂の問題に限定した霊的な意味の事柄を指しているのではない」と言うことです。

もっとはっきり言うと私たちの体や時間や家族やそして持ち物等が神様からお借りしている物であると言う自覚です。

それを今のまま使わせて下さいと言うことが主眼です。

そして私たちも人々に多くの物を貸しあたえているのではないでしょうか!! 親子兄弟周囲の人に。それを自分の権利や所有物として取り返すのではなくそのままにすると言うことの様に思えますが!!

勿論その意味でそのなかに「罪を含んでいない訳では無い」と言う程度ではないのでしょうか?

2009/11/16(月) 午後 9:25 [ 油食林間 ] 返信する

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はい 先生 ありがとうございました
わたしは、これまで礼拝で唱えていた主の祈りが、こんな意味だったとは、全く知らずにいました。
イエスが弟子たちに教えた祈りを、教えられた通りに祈る方が良いですね
それで、先生はブログの中で音読をされていたのですね

直後にまた「人の罪を赦すなら」とある罪も霊的な罪のことを言っているのではないのですね。
そりゃあそうですよね。
人の罪を赦すことなんて、人には不可能なことですもの。

これを日本語の通りにまともに受け取って唱えていたら、救れた確信がぐらついていたかも知れません。
目が開かれた思いです
感謝します 削除

2009/11/17(火) 午前 4:59 [ keiko ] 返信する

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keiko様

よかった!! そして、もう少しこの主の祷を正しく今の社会に適用すると

銀行が私たちが預金者から預かった預金がいつまでもそのままにしておいて下さい。

私たちも融資したすべてのお金を引き上げるような事は絶対に致しません。 ただ利息だけ頂き、金利だけ預金者にお返しします。

そして国家間の借款や融資なども、神様は全く同様に願っておられるのです。

こうすれば世界瀬経済は破綻して成り立ちません。

そして、お金持ちの国は貧しくなりお金持ちも働き、メタボや肥満が解消し、貧乏国も負債の返済が不要になり働いたお金が自分達の収入となり、もう少し良い家と美味しいものが食べれる様になるのです。

神様が世界に願っておられるのはまさしく主の祷の実現だと私は思っています。

2009/11/17(火) 午前 7:05 [ 油食林間 ] 返信する

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ルカ16章の不正な管理人の話を原語をちょっと開いてもう一度読み直してみます。通読で読んだ時、よくわからなかったのですが、今回すこし理解できるかもしれません。(通読は中断していますがギブアップはしていません。)

私はこの話を聞いてイエスをあざ笑ったように、パリサイ人のようなところがありますし、
放蕩息子のお兄さんのようなところもありますから。

お忙しい先生に、ブログを記入するという時間を費やすことを強要してしまった私のπαρατωμαに、お答えくださってありがとうございます
(こんな使い方で良いのか???ですが・・・・今朝これなのかな?と思った言葉が使いたくなりました) 削除

2009/11/17(火) 午前 9:02 [ keiko ] 返信する

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παραπτωμαでした はははっ早速間違っている!
先生の傍らで、ずれ落ちそうな危なっかしい私をお見せし
引き上げていただきました

英語の聖書にはこれをtrespassesと訳されていたので、辞書で調べたのでした

すみませんでした。またお邪魔させてください
自分のブログも持たず、お返しに訪問していただくものも何もありませんが、よろしくお願いします 削除

2009/11/17(火) 午前 9:30 [ keiko ] 返信する

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keiko様

不正な管理人の所を読まれたのですね!!

あそこは借金(=オヘイレーマタ=決して罪では無くあくまで負債)の意味が如実に理解出来る箇所ですね!!

ところで私も何処かでその記事を解説した記事を投稿してありますが何処だったか分かりません!! 自分のブログに書いた記事を探すのにいつも苦労しています!! 爆!!
παραπτωμα(パラプトーマ)も面白いギリシャ語ですね!! 本来の意味は側+遺体と言う言葉です。

プトーマは文字通り落ちたもので、一般に遺骸をあらわしますが、ここでは落とした足跡と言う意味で用いられているようです。

律法命じる事柄の中心に足跡を残すのではなく、中心を外して周辺事項ばかりに囚われるパリサイ人的背信行為(周辺事項を大切に守って核心事項をはぐらかす罪)を意味していると思われます。 こちらこそこれからもよろしく!!

2009/11/17(火) 午前 10:22 [ 油食林間 ] 返信する

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ゼロがない・・・。とても不思議ですね。
しかし、ギリシャ語は難しいですね。目がちかちかしました。専門的に聖書を読むというのはこういうことなのだろうと。傑作です。

2010/7/7(水) 午前 0:18 瑠 返信する

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2011年の1月の下旬、横浜でヘブライ語旧約聖書入門とギリシャ語新約聖書入門が始まる予定です。費用は、教材コピー費他、月500円。詳しく下記のリンクより、どうぞ。
http://jelc-yokohama.la.coocan.jp/shuukai.html#gengo

2011/1/3(月) 午前 0:08 [ ikoinomizu7 ] 返信する

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