原典聖書研究

ギリシャ語はギリシャ語の書庫や聖書関連記事は「無題」の書庫です。2018年5月29日より新投稿不能31日回復しました。

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動詞の時制と活用変化の意味

  ■今回で丁度ギリシャ語講座を初めて10回目の金曜日となりました。これでギリシャ語の初級クラスは完了です。後は実際にギリシャ語原典をアナリテイカルレキシコンと、ギリシャ語の辞書をつかって読み進める丈です。さて以下はギリシャ語の最大の難関の動詞の活用に付いての簡略な説明です。

  ★ギリシャ語の動詞は最初に学んだ「人称」の他に「態」「法」「時制」でも変化します。

  (動詞は「人称」で6「態」で3「法」で5「時制」6の変化を持ち6×3×5×6=540の形を持ちえます。しかし、実際には活用しない部分があり、400程度に変化します。)

  ■まず最初に動詞の態から法そして時制のそれぞれの意味を説明します。

  ★動詞の態の変化には3種類があり、それぞれの意味と活用の例は下記の通りです。

・能動態は主語が行動していることを意味します。λυω→私は解く
・中態は動作が主語の為になされることを意味する。λυομαι→私は私の為に解く
・受動態は動作が受動的になされることを意味します。λυομαι→私は解かれる。

注:動詞の中には能動形を持たないで中態の形で能動態を表す能動態欠如動詞があります。 その場合は中態でも能動態の意味となります。それぞれの単語について辞書で 確認してください。(Depの略号で表します。deponentの略)

  ★動詞には「法」が5つあり、 それぞれは下記の意味です。
・直接法は「言明」する時に用いられる。 λυω→私は解く
・接続法は以下です。(可能法と言った方が正確と思います。)
  1)「勧告」「奨励」を表す。(1人称複数のみ)λυωμεν→私たちは解こうではないか。
  2)「目的」を表す。(ιναと共に用いられる。)ινα λυωμεν→解くために。
  3)未来の条件を表す。(εανと共に用いられる。)εανλυωμεν→もし私たちが開放したなら。
  ( 現在の条件はει+直接法 で表されます。)
・命令法は他者に命令するときに用いられ1人称は無い。 λυε→あなたは解け。
・不定法は「動詞状の名詞」を意味する。λυειν→解くこと。
・ 分詞は「動詞的形容詞」であり、形容詞と同様に格変化する。οι λυοντεs →解く人々

(注:分詞は形容詞と同様に名詞的に用いられたり、時として動詞の性質が現れて副詞の修飾を受けたりする。他動詞の分詞は直接目的語を取る。)      
  ★動詞には6つの時制があり、それぞれの特徴は下記の通りです。記号はそのイメージです。
──:現在時制→動作が継続する事を強調する (記号・Pre)
・─・:未完了→動作が過去のある時点から現在まで継続しているがやがて終わることを意味する。(記号・Imperf)
──→:未来→動作が確実に成されることを強調する。(記号・Fut)
・──:完了→過去の動作の結果に現れた現在の状態を表す。(記号・Per)
── ・:大完了→過去の動作の結果が現在は無い事を表す。(記号・Pleper)
・ :不定過去→動作が1回だけであることを強調する、過去にも現在にも未来にも使うので不定過去。(記号・Aor) 

(大切な注意:ギリシャ語の時制は過去や現在の時間(=行為動作の時制の種別)を表すものではなく、★動作の種類を★表す★ものです。)ギリシャ語の英訳ではこの点がネックになり読者に基本的で重大な誤解を惹起しています。)

■以上で簡単ですがギリシャ語動詞の変化した場合のそれぞれの態、法、時制の意味する事の説明を終わります。以前説明したアナリテイカル(逆引き辞書)で動詞を引くとその横にここで説明した言葉が略記号で記されていますので、それらにこの説明に当てはめると、ギリシャ語の動詞の意味している事が簡単に把握できます。

★ギリシャ語は動詞がこれだけ詳しく行動を規定しているので、解釈の必要が無く大変具体的且つ詳細に意味を理解することができるのです。

あすは、実際の動詞の規則変化の実際を一覧にしてご紹介してみます。それは覚える為ではなく変化の凄まじさをご理解いただく参考です。

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いまこのページの接続法の用法を、あとで原文を読んでて遭遇したときのためにメモしていたら、思いつきました。

文法書の、例えば条件文の説明のような複雑なところは、
あとで遭遇したときすぐ参照できるように、メモして、しまっておく、或いは壁に貼っておくといいだろう、と。

そうすれば遭遇したとき、文法書でその個所を開くよりも速く楽に情報が得られるだろう。

ぼくは文法書を読むときも、覚えようとはまったくせず、
あとで原文を読んでるとき参照するために、
ただ何がどこに書いてあるかだけ覚えればいいやというつもりで読んでいます。

2009/1/31(土) 午前 11:53 [ ダクセルくん ] 返信する

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dakuserukun様 それが正解です。だいたい話し言葉は基本的にアバウトな物です。
聖書の記述も全体が「話し言葉の記述」ですから書かれている言葉というよりも書かれている事の意味している事により記述されている「事自体に重要な著者の意図」が在ります。
細かい事に捕らわれず文脈が重要ですから細かな文法よりも単語自体の意味や文脈での理解が大切です。
その意味でお書き下さったの様にあんまり枝葉末節は無用かと思います。

細かい事はその単語毎に辞書に在りますからそちらでその度に確認し繰り返している内に覚えてしまいます。 コメントありがとうございました。

2009/1/31(土) 午後 0:19 [ 油食林間 ] 返信する

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「命令」に関して一つ質問なのですが、ギリシャ語で「命令法」が使われていないのに、日本語訳では命令文になっているという場合、それは「命令」として解釈した方が良いのか、厳密には「命令ではない」と考えた方が良いのか、どちらでしょうか?

2018/1/15(月) 午後 9:35 [ 佐々木康輔 ] 返信する

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大切なことに気付かれましたね。その逆も驚くほどたくさん有ります。たとえば書簡の最期の挨拶は原文は明白に命令形なのに翻訳はほぼ現在形に訳出しています。
ということは初代教会は何らかの反目があって信者間に挨拶していなかった実体が有り、翻訳はそんな教会成長に不都合な翻訳は出来ないという、翻訳して聖書を売る側の理論が優先したと見るべきではないでしょうか。
原文通りに読むと翻訳とは全く正反対の初代教会の現実が見えてくるように思いますよ。

2018/1/15(月) 午後 11:03 [ 油食林間 ] 返信する

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なるほど!逆パターンもあるとは…盲点でした。厳密な意味で神様の命令は何なのかを知るためには、やはり原文で調べるべきなのですね。

2018/1/16(火) 午後 10:21 [ 佐々木康輔 ] 返信する

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原文で読む聖書は一味も二味も違いますが、やっぱり読む人の力量が問われるのだと思います。

命令形と一言で言っても直接法能動形の2人称複数の場合は命令法の二人称複数能動形と変化した語尾の形は同じです(二人称中態も同形です)からどちらに取るかは読む人の力量次第です。ほんとうに難しいものが有ります。

そしてアナリテイカルには同形であり二つの可能性があることを明示していませんから、知らないでいると本当に怖いと思います。

原文を学ぶことは楽しいですがいろいろ注意する事もたいせつですね。

2018/1/17(水) 午後 2:33 [ 油食林間 ] 返信する

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