原典聖書研究

ギリシャ語に興味ある方は「ギリシャ語」の書庫、 聖書関連記事は「無題」の書庫をご覧ください。

全体表示

[ リスト ]

千年王国

千年王国 ヨハネの黙示録11章15節 (20章1〜6節)

以前、キリスト教会の分類という話をしました。参考 URL:http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/942292.html

  歴史と教会政治と神学傾向という3種類の指標がある事をみました。今日は神学傾向の中で特に顕著な教派の特徴が現れる「終末論 = 黙示録に記された千年王国」に対するとらえ方をみてみましょう。
 とりあえず冒頭の新約聖書の最後の書である黙示録の11章15節を直訳してみます。

直訳・ そして その 第7の 使者が 彼がラッパを吹いた。 そして 彼が起きた 声らが 巨大らが 中で その不可視 言っているは、彼が起きた その王国が その 世の その 主の 私たちの そして その キリストの 彼の、 そして 彼が確かに王する 中へ その永遠 その 永遠らの。 

  上記を普通の文章に原典をそのまま日本語に素直に訳してみます。

翻訳・それから第七の使者が戦闘ラッパを吹き鳴らした。すると見えないところで大声が起きた。その声が言った「私たちの主の世の国が起きた、キリスト自身の、そして彼が確かに永遠に支配する。」

一般の邦訳と違う箇所がわかりますか? そう、一般の邦訳を引用すると著作権云々の問題がありますので違いだけを説明しましょう。

  いずれの英訳も、邦訳も、原典では「私たちの主の世の国が起きた、キリスト自身の、」となっている物をそうではなく「この世の国が私たちの主キリストの物となった」と訳出しているのです。これはかなり意図的で強引な翻訳です。

  なぜこのような翻訳が成されてしまったのかを説明する事にします。その説明にはどうしても次事を理解して頂く必要が在るのです。それはキリスト教会の諸宗派の顕著な特徴が出る組織神学という学問のなかでも一番混乱している「終末論」という物なのです。
 
  この終末論はかなり煩雑な物なのですが、簡単に分類すると3種類になります。それらは1・「千年王国前キリスト再臨説」= プレミレ と2・「千年王国ごキリスト再臨説」=ポストミレ と 最後が 3・無千年王国説 = アミレ と言う物なのです。 ここで「ミレ」と略しているのは「ミレニアム=millnnium=千年間」の略です。以下に簡単に説明してみます。

1)千年王国前キリスト再臨説(プレミレ) この立場は一般に昨日お話ししたアルミニウス、ウエスレ、聖霊派といわれる教会が主に主張しています。
  その内容はキリストが再臨して後千年間世界を支配され悪が活動できない祝福の時代があると言うものです。この立場は聖霊派の分裂に象徴されるように多種多様に分裂していて纏めようもありません。特に契約期分割説(デイスペンセーション)と言われる人々は終末論の議論が活発でタイムテーブルを作って聖書の預言通り歴史は動いていると主張してその舌の根が乾かない内に、不都合が生じてその主張は修正に継ぐ修正を余儀なくされています。

2)後千年期説(ポストミレ)この立場は一般に理性を絶対化している自由主義神学の教会に歓迎されています。理性が支配するユートピアがおこってその後にキリストが再臨される問う言うものです。しかし、第一次と第二次大戦の現実をみて今はこの立場を公に主張するグループはありません。 

3)無千年期説(アミレ) 聖書に記されている千年は「完全な支配」を象徴しているだけで現実の年数では無いとします。

 さてでは先程の聖書の原典が言っている事は一体どれに一番整合しているでしょうか。

もちろん 3)の アミレ(無千年王国説)です。

何故ならば、ヨハネが語っているのは「この世が主(キリスト)の物になった」と言うのではなく、「主の世」とあるように初めから全世界は主(キリスト)の所有であり「その国は永遠=過去も、現在も、未来もキリストが常に支配しておられる」と言う意味なのです。

  ですからこのヨハネの黙示録が原文で主張しているのは旧約聖書と同じに、世界は神によって作られ、常に支配され神の御心=意志だけが全地代を通して実現しているとういう主張になるのです。

私は当然アミレの立場です。なぜなら原典のギリシャ語やヘブル語で聖書を読む限りそれ以外の立場はあり得ないからです。 

この記事に


.


みんなの更新記事