原典聖書研究

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聖書は戦争の記録

聖書は戦争の記録

  今日は昨日のお話を更に続けてお話ししたいと思います。多くの方はキリスト教が平和思考の宗教だと思われている様ですが、キリスト教国が過去に成してきた歴史を見てみるとその認識はとんでもない間違いだと言う事にお気づきになるでしょう。また、宗教改革の旗手であったルッター自身も凄惨なドイツ農民戦争に加担している現実にも目を向けなければ成りません。

  今日は聖書のお話ではなく、聖書が実際に教えている戦争に対する主張に気がついた経緯をご紹介することにします。

 以下はその経緯です。

  私はその昔、NTTなる公社に奉職しておりました。自分で言うのも何ですが、親が心配するほどくそまじめな青年でした。朝礼では国旗、社旗に向かって社歌を高らかに歌うくそまじめ青年だったのです。そんな折り、社内で募集された交通安全標語に応募したのです。私が応募した「貴方の安全は私の安全」という標語の説明文を目にした担当者が、わざわざ私を訪ねてきました。「君はクリスチャンか?」というのです。その理由を聞くと、「同じ趣旨のことが聖書に書いてある」というのです。この一言が聖書に興味を持ったきっかけです。
 
  そのころ自宅近所に教会が移転してきたのです。早速教会に出向きました、そこでは3人の米国人宣教師が教えていました。しかし、その教えの内容など全く要領を得ませんでした。どうしても納得出来ない事が多くあったので、学びたいと思い神学校なる存在を知り、その短大の夜間の部に通うことにしたのです。しかし、聖書学は思いの外学習する分量が多く、これは片手間では駄目だと悟りました。様々な反対を押し切り職を辞して、当時東京国立にあった神学校に入学を決意したのです。貯金と退職金をつぎ込み、ようやく4年間の学びを終えました。しかし満足な知識に至りませんでした。そこで更に上級の神学校に進み更に3年の学びを終えました。その卒業の前年に牧師が留学してしまっい困っていた静岡県の教会から要請され、また所属していた教団の理事会にも請われて田舎の教会の牧師に就任したしだいです。

  それ以来、牧師として奉職していましたが、私の一貫した思いは信徒の教化育成や宗教活動や社会奉仕では無かったのです。(大抵の牧師さんは信徒に喜ばれ、地域に貢献する立派な志をもたれている様です。)しかし、私はそのような信徒の教化育成という働きよりも、もっと基本的な「聖書には何が書かれておりそれは何を意味しているのか?」と言う事に関心が向いてしまっていたのです。毎日のように信徒に説教するのですが、大抵の牧師さんのように、信徒を励まし教会を大きくする勤めよりも、聖書の記述を原文で探究し、その言っている事を人が分かろうが分かるまいがそんな事は全く気にせずに、ただ「聖書に書かれている事とその意味」を探求してきたのです。

   そして、邦訳聖書を幾種類も通読し、現在までにその通読回数は百数十回に及びました。勿論、英訳や邦訳にはあきたらず原語で読みようやく聖書の大半を読破するに至りました。ここまでで、最初に聖書を手にしてから約30年近く立っております。こうしてようやく聖書の言っていることが明確に把握出来るようになったと自認するに至ったのです。

   聖書を読み続けてきて現在の到達点は次のような認識です。それは、「聖書とはイスラエル民族の遭遇した壮烈な戦争の軌跡である」という簡単なものです。

  簡単にその意味を説明する事をご容赦ください。聖書の創世記の初めにまず、イスラエルやアラブ民族の父祖アブラハム(民族の父祖の意)が登場します。彼は当時チグリス・ユウフラテス河口にあったウルと言う近代都市国家の支配者の跡継ぎでした。政略結婚で腹違いの自分の妹サラ(女王と言う意味)と結婚します。しかし皮肉な事に世継ぎが生まれ無いため、腹違いの弟に王位を奪われ、失脚し流民となってメソポタミヤからパレスチナに移住します。そして落ちぶれて流れ行った辺境の地もまた戦乱の地でした。彼は王として受けた軍隊を動員する能力に秀でていたため、幾度かの戦乱に勝利し、その地域の支配者どして君臨します。その孫の時代までなんとか持ちこたえますが日照りによる飢饉がおこり、一族は落ちぶれてエジプトに移住します。
 
  そしてあの有名なモーセの時代となります。モーセは奴隷民族イスラエル人の子供でしたが捨子にされた時、幸運にもエジプト王フアラオの王女に拾われ実子として養育されるのです。おそらく王女にはそのような策謀が必要な立場にあったようです。王族として軍事、行政、司法に関する帝王教育を受けたモーセですが40歳の折り、迫害される同胞の悲惨を目の当たりにして、迫害するエジフト人を一刀両断し、その殺人が発覚し逃亡します。そして40年後このモーセがエジプトに帰還し同胞を奴隷状態から開放します(モーセの十戒)。そしてイスラエルエジプト移住後400年間も定住していたカナン人やエモリ人を抹殺する精神的準備にを完遂するのです。その間、モーセは3度にわたるクーデターを経験します。しかし、彼は反対者を殺戮し軍事力によって危機を切り抜けます。そしてモアブ、ミデアン、バシャンといった周辺列強諸国に攻め入り見事に圧倒的な勝利を勝取ります。なぜならモーセは当時最新のエジフト兵法の専門家であったからです。

  このあとの時代もイスラエル民族が遭遇した戦争は数えきれません。ヨシュアの時代、サウルの時代、ダビデ王、からあの南ユダ王国滅亡の最終戦争と言われるメギドの山(ヘブル語でハル=山・メギド=優秀→ハルマゲドン)の戦いで戦死(BC606年)したヨシャ王にいたるまで戦乱に次ぐ戦乱で聖書は埋尽されています。ダビデ王朝の滅亡後も、バビロンやエジプトにユダヤ人は奴隷として離散し行った先でまた、約束の地カナンに残留したり帰還したユダヤ人たちは世界情勢の谷間で戦乱に明け暮れます。

  バビロン帝国、メドペルシャ帝国、アレキサンダー大王とその死後後継将軍たちの時代に戦乱に巻き込まれるのです。(この時代の戦争の悲惨さは聖書外典=ヘブル語では無くギリシャ語で書かれている・ヨセフオスのユダヤ戦記に詳細に記されています。)

  さらに時代は進んで聖書の舞台の地はクレオパトラとシーザー、アントニウス、そしてオクタビアヌス(アウグスト皇帝)たちの勢力抗争の舞台となり、ようやく新約聖書の時代が到来します。

  以上から言える事ですが、聖書が記されているすべての時代の中でイスラエル民族が平和であったのは僅かです。その僅かの平和な時代の約50年間が新約聖書の舞台です、キリストの宣教と十字架と復活後、ペテロやパウロが活躍する頃には戦乱の足音がしていました。彼らがローマのネロ皇帝の迫害で処刑されるとほぼ同時に、ユダヤ独立戦争が勃発しイスラエル民族の祖国はテイトウス軍によってローマに反逆する物への世界への見せしめに完全に破壊され蹂躙され、悲惨な2000年に及ぶ流浪が始まるのです。

  以上、述べたとおり、聖書が記していることは明確に「戦乱」、只唯一「戦乱」です。これがユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教(聖書の主要部分モーセ五書が聖典)の教典として自宅で毎日読まれ、教会やモスクで日々朗読され、説教されているのです。

  こんな書物を学んでいるからこそ、平和の大切さや愛をキリスト教は語るのですが、それは聖書の教えの(内容でも又分量的にも)主要部分では決して有りません。人々の心を和ませるキリスト教の教えの前後にはこんなおぞましい悲壮な戦争の事実が浅ましく赤裸々に記されているのです。「一人残らず殺せ、焼き払え」そして凌辱や、略奪の応酬がなんの装飾も無くサラリとさりげなく記されているのです。そしてこの書物=聖書が語っているのは、残忍な人間の本質=原罪であり、そのような人類の罪悪から国家や財産や愛する者とその権利守る為に、よくよく、軍備を怠らず、敵に隙をあたえず。また戦争に負けても、必ず何時か、たとい2千年の後にでも祖国を復興し復讐する術を連綿と子々孫々に至まで教育し続けているのです。

  このような戦争が書かれている聖書で世界の多くの国の家庭や学校もまたあらゆる儀式などで教化育成されています。キリスト教国では、生まれたばかりの幼児洗礼の時から結婚式、葬儀にいたるすべての機会に教化育成の為に聖書が登場しています。聖書から語られる宗教家の口から出るのお話の内容はいつも愛や平和等のテーマばかりで誰の耳に甘いお話です。しかし、その語られている聖書の前後は悲惨な戦争の記録ばかりなのです。

  こんな有効な軍事教育が在るでしょうか。聖書は宗教の教典として神からの愛の手紙などと称して全くその中身を秘匿されて確実に世代から世代に伝承されているのです。日本人はこの事実に目をとめなければなりません。私たちの隣国は世界で最も熱心なキリスト教徒が過半数を占めているのです。そして反対の隣国アメリカは世界最強の軍事超大国なのです。こんな現実をしかと認識して、しかる後に日本の安全保障は論じられ無ければなりません。そう、一神教とはそういう戦争の出来る宗教なのです。

  宗教が政治に介入せず、人間の善を鼓舞し、安らぎの源となって欲しいという多く人々の心情は理解します。しかし、人間が住むこの現実の世界では宗教が戦争に関わらないで存在する事は、現実にはあり得ない机上の空論以下の理想論なのです。

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私のブログの関連ブログとして紹介されていましたので訪問しました。私は無宗教ですがこの記事に全く同感です。私は神道と旧約聖書の共通性に興味をもっています。それらを追求している「聖書と日本フォーラム」と言う牧師さんの集まりの仲間に入れてもらっています。

2007/11/26(月) 午後 10:34 leg*723 返信する

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コメントを有り難うございました。同感して頂けて感謝です。

2007/11/27(火) 午前 9:36 [ 油食林間 ] 返信する

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「正義」とは人を殺すために人が神に創らせたものかもしれない。
そして、聖書に傾倒した日本人は馬鹿になる傾向があるのかも。元来、日本人は信仰心が薄い。それが人間としてごく自然な形のような気がします。

2008/8/7(木) 午後 10:13 [ IB ] 返信する

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IB様 コメントをありがとうございました。同感です。

2008/8/8(金) 午前 6:14 [ 油食林間 ] 返信する

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ナオミさんの所から来ました^^

僕も聖書が好きで読んでいます!

僕が思う聖書は人間の心の法則の弱さを指摘してる文だな〜と・・・

そこに戦争があり!勝ち負けがあるのだと!

だから聖書に精通した欧州が戦争に強いのだと???

聖書の良い面を強調された日本はある意味で戦争に弱いのかな?

日本人で一番聖書的思想家は徳川家康だと思います。

2008/8/8(金) 午前 9:56 [ ガッチャマン ] 返信する

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ほねやすめ様 良くおいでくださいました。徳川家康が聖書的思想家とは思い見た事がありませんでした。しかし、昔近くに住んでいた久能山東照宮に在るの東照公遺訓はまさしく聖書的ですね。「人の一生は重き荷をおいて遠き道を行くが如し、不自由を常と思えば不足無し....」やはり秀吉の辞世の句「露と落ち露と帰依にし我が身かな、浪花の事は夢のまた夢」とは格段の人柄の相違を感じます。西洋思想にがんじがらめにされた職業宗教家の聖書学ではなく、戦乱の巷を生きぬいた日本人と同じセム語系のアジヤ人の聖書記者たちの記録(=聖書)は前提(=ヨーロッパ的先入観=キリスト教神学)抜きで読まれるべきと私は思っています。 またお出掛けくださいね!!

2008/8/8(金) 午後 3:05 [ 油食林間 ] 返信する

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