原典聖書研究

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上に価格

上に価格 マルコ8章30節から33節 

今日はマルコの8章を読みました。考えさせられたのは「上に価格」と言う言葉です。説明の為に直訳を記します。 

新約聖書マルコの福音書8章30節から33節 

30 ・そして 彼は上に価格し(命じ)た 彼らに 為に 誰も無い 彼らが言い続けている(為) 関して彼。
31 ・そして 彼は始めた 教える事 彼らに それは 必要である その 息子が その 人間の 多く苦しむ事 そして 離れ(失格)試験される事 舌に その 長老ら そして 祭司長ら そして 書記ら そして 殺される事 そして 共に 3 日ら 上に立つ(甦る)事。
32 ・そして あからさまに その 言葉を 彼は喋っていた。そして 方に取ったは その ペテロは 彼を 彼は始めた 上に価格(叱る) 彼に。 
33 ・その も 振り返えさせられたは そして 見ているは その 弟子たちを 彼の 彼は上に価格し(叱っ)た ペテロに そして 彼は言った、お前は去れ 後に 私の、サタン、それは 無いあなたは考え続けている それを その 神の 反対に それを その 人間らの。

  30節と32節と33節に原文ではエピテマオー(上+価格)と言うギリシャ語が使われています。しかし、翻訳は皆違う単語に訳出されています。たとえば新改訳では 30節は「戒める」 32節は「いさめる」33節は「叱る」となっています。しかし、原文ではいずれも同じ単語なのです。

  その様な例は聖書の他の言葉にも沢山ありますが、翻訳聖書ではまさかこれらの単語が原文で同じ単語であるとは夢にも考えられません。

  そして、このエピテイマオー「上に価格」もその例に漏れず出て来る箇所毎に訳され方が違うことが多いのです。この言葉は原文の直訳に示した通り「上に価格」と言う意味なのです。分かりやすいように説明して見ましょう。

  この言葉は合成語で二つの単語から構成されています。前の方の言葉は「上に」は文字通り「上に来させること」を意味する前置詞です。そして、問題は後ろから合成される「テイマオー」と言う言葉です。これは聖書の中で本当に様々に訳出される言葉です。ある箇所では給料、報酬、尊敬、叱る、と成るわけで本当に困った言葉なのです。しかし、この語の本当の意味を理解すると全てが納得できます。

  それは「価格」としましたがその価格とはとは貨幣経済の発達した現在の言葉の意味です。物々交換が主体であった古代の意味は随分と違っているのは当然の事なのです。大量生産や通商の未発達の時代のことですから基本的に商品に価格は存在しません。物の価格と言うのは物々交換ですから現物を目の前に置いて売り手と買手が駆け引きをしながら交渉して決めるものが価格ナノです。
  ですから聖書が記された当時に置いては「価格」という一定の値段が存在することは無く、購入する人の商品につける評価が価格となるのです。

  とすると、エピテイマオー「上に価格」が物に当てはめられると価格です。しかしこの言葉は人間が行った全ての行為に対しても用いられるのです。人間の行った行為に対して評価するとどうなるでしょうか。良い行為は「誉める」「評価する」「尊敬する」となります。しかし、それを悪い行為と判断すれば当然「叱る」「非難する」「諫める」等となるのです。

  したがって、この言葉自体には叱ると言う意味は無く、その人の頭の中の「理想=在るべき期待される人間の当然の義務」による、他者の行為の評価を意味する事になります。実際に、このテイマオーは牧師給(二倍にする、汽謄皀5章18節19節)主人を尊敬する(同6章1節)誉れ(同16節)両親を敬う(マルコ7章10節)などと頻繁に登場していますがいずれも訳される言葉は違うのです。そして、このテイマオーと言う言葉のギリシャ語における本来の意味は、厳密には「正当あるいは健全に評価する」と言う意味なのです。

 今日は大変ややこしいけれども面白い、聖書の時代の常識「上に価格」の意味のお話でした。

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